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公文書公開条例の今後
平岡 久
<*出典――市政研究100号70〜77頁〔大阪市政調査会〕 (1993.07)>
一 はじめに
1982年に山形県金山町が自治体としてはじめて公文書公開条例を施行して以来すでに10年以上が経過し、1988年に大阪市が公文書公開条例を施行(同年7月1日)して以来、ちょうど5年が経過した。
この間、14ほどの自治体の公文書公開条例(または情報公開条例、以下たんに条例)に関して訴訟が提起されており、すでに34を超える判決例が出ている。安定した判例理論は全体的にはまだ形成されていないとはいえ、条例の運用にあたって参照されるべき判決例もすでに少なくない。また、各自治体における種々の運用の中で、条例自体にある不備や、条例解釈・運用上の諸問題がかなり明らかになってきているものと思われる。
以下、今後の公文書公開条例を展望して、主として大阪市の公文書公開条例(以下たんに市条例)を念頭において、立法政策論(条例改正論)、条例解釈論および運用上の課題に関して、紙数の範囲内で若干の指摘を試みてみたい。
二 公開請求の対象となる情報
1 議会管理情報 各条例が定める実施機関が管理する文書等のみが住民等による公開請求の対象になるが、市条例は大阪府条例等とは異なり議会を実施機関から除外している。この点についての最近の尼崎市条例の改正が話題になったように、事務局を含む議会管理文書をも対象文書とすべきかどうかが、市条例についても今後問題になりうる。
情報公開制度の基本的趣旨からすると、議会管理文書を請求対象文書から除外する実質的根拠はおそらく見出し難い。むろん条例制定者にほかならない議会自身が判断すべきことではあるが、立案行政当局による、遠慮することない議会側との折衝・協議があってもよいものと思われる。
議会管理文書を含める場合には、尼崎市において一部問題になっているように、議会解散中や閉会中の公開請求の可能性および公開・非公開の判断手続等についての諸規定を、条例自体があらかじめ設けておくことが必要になる。慎重な検討は留保しておくが、解散中でも請求・受理はありうる(決定期間は成立時から起算する)との考え方が全く成り立ちえないとは思われないし、閉会中の請求・受理は可能であって、公開・非公開の判断は例えば(原則として議会の議決が必要だが場合によっては開会中も含めて)議会自身が常設の特別の委員会等に委任しておくことも考えられるのではないか、と思われる。
2 電子機器情報 市条例における対象情報からは除外されているが、行政事務の電算処理の加速化に伴い、文書としてではなく電子機器に保存されている情報を今後含めるべきかどうかも、情報公開制度の趣旨を一貫させるとすれば、今後の重要な検討課題になるであろう。
3 「決裁又は供覧」 請求対象である「公文書」であるための要件の一つとして、必ずしも明確な解釈・運用がなされているとは感じられない「決裁又は供覧の手続の終了」という要件を残すかどうかも、今後の検討課題の一つであると思われる。
かりに残すとしても、市条例上の「公文書」には文書のほかに図画・写真・スライド・マイクロフィルムも含まれていること等から見て、条例上の「決裁」や「供覧」は、文書規程等にもとづく通常の文書を対象とする事務処理におけるそれらとは異なる意味のものとして解釈される必要がある、と考えられる。あるいは、通常の文書にかかる事務処理上の決裁・供覧の対象にそもそもならないような文書等については、条例上の「決裁又は供覧の手続の終了」の要件の適用はない、と解釈することもできるであろう1) 。
三 対象文書の不存在・特定
1 文書の不存在 公開請求のあった文書が存在しない場合の実施機関側の取扱い方については、市条例も含めてほとんどの条例が何ら関係規定をもっていない。これは条例の不備の一つであり、条例上の何らかの明確化がすみやかに行われてよく、現行条例のもとでの運用上の工夫も必要である。
右の点については、@存在する文書についての非公開決定と通知文書の様式も同じの「非公開決定」を行う、A非公開決定とは様式上も区別される「却下決定」を行い、これを非公開決定とともに行政不服申立てや取消訴訟の対象となる拒否処分の一つと見る、B不存在の旨の窓口説明または通知をし、この通知は不服申立て等の対象になるものとは見ない、といった考え方がありうる。
筆者自身は、基本的に右のAが適切であり、そして却下決定について不服申立てがあった場合は非公開決定についての不服申立ての場合とは異なり公文書公開審査会への諮問は不要である、と考えている。但し、文書の存否を争点とする不服申立てや取消訴訟の実効性を考慮すると、これらよりも十分な機能を果たす保障は必ずしもないが、右のBによりつつ、情報公開に関する独自の苦情申立て制度を条例上設けて処理することも一考に値するかもしれない2) 。
2 文書作成・保存条例 公開請求された文書が存在しない理由は多様であり、そもそも作成・取得されていない場合のほか、いったん作成・取得されたが保存期間の経過により廃棄されたために現在は存在しないこともありうる。そして、文書が現実に存在していなければ公開は当然に不可能であるので、文書の作成や保存のあり方は公文書公開制度と密接にかかわり、公開の範囲を実質的にはかなり大きく左右することになる。
このように見ると、作成文書の範囲・記載の程度や保存期間は、公文書公開制度との関係も十分に意識して、行政運用上適切に見直され、定められる必要がある。そしてまた、公文書公開制度の導入がむしろ非文書化・記載内容の簡素化や文書の早期廃棄といった逆効果を生じさせる可能性があるとすれば、文書の作成・保存に関する基本的事項を定める条例を制定して(あるいは公文書公開条例に追加して)条例による法的な拘束を加え、公文書公開制度と法的にリンクさせることも考えられてよいであろう。
なお、文書保存に関する条例制定については、地方自治法149条8号が「公文書類を保管すること」を長の権限としていることとの関係が問題になりうる。しかし、公文書公開条例自体がすでに長の文書保管権限をある程度制約しているともいえるのであり、住民の公文書公開請求権に実質的に関係するものとして、条例制定は許容されると解してよいと思われる。
3 文書の特定 請求対象文書の特定の手続・仕方についても、市条例を含むおそらくすべての条例が関係規定をもっていない。そして、住民が意図した文書と実施機関が特定した文書とが相応していないままで公開・非公開の決定がなされるなどの問題が、実際には生じることがあるようである。
文書特定に関して条例上に定めを設けることはおそらく困難であり、請求対象文書の正確な特定は、基本的には適切な行政運用によって図られるべきものであろう。そして、文書検索電算システムの整備・充実や請求窓口・関係部課における丁寧な折衝・確認等が求められることになる。
しかし、住民が公開請求書に記載した文書とは異なる文書について決定が行われる可能性はなお残っている。この場合の不服申立て・取消訴訟に関していえば、文書の特定を誤った非公開決定等は違法として取消されるべきであり、実施機関は正しい文書について判断をやり直す(請求者はあらためて請求する必要はない)、ということになるであろう。もっとも、請求書記載の文書は存在せず、それに類似した文書を特定して決定が行われた場合は、右のように単純にはいえないかもしれない。神戸地裁の判決は、このような場合の文書特定を違法とはせず、当該類似文書についての非公開決定の適法性についても実質判断している3)。
四 公開・非公開の判断
1 非公開情報の類型 実施機関による公開・非公開の判断にとってはまず、公開しないことができる(又はしてはならない)情報についての条例による類型化とその具体的内容の定め方が問題になる。
市条例がいわゆる合議制機関非公開議決情報を非公開可能情報の類型の一つとはしていないことは、肯定的に評価されてよい一つの見識であろう。また、プライバシー保護は個人の対社会的コミュニケーションの過程の適正さや本人の自己イメージの形成の自由の保護に密接に関係し、種々の社会的コンテキストによって意味が異なりうる複雑ものである4)ことを考慮すれば、市条例が非公開可能情報としての個人情報を「一般に他人に知られたくないと望むことが正当認められるもの」(大阪府条例)等のように抽象的あるいは単純には定義していないことにも、首肯できるところがある。ただし、個人識別可能5)情報であれば原則的に非公開を許容する旨の定め方や、公益との調整が許容されるものを「法令等の規定に基づく許可、免許、届出等」の際の作成・取得情報に文理上限定していること(市条例6条2号ウ)は、再考されてよいものと考えている。
なお、非公開可能情報の類型のうちいわゆる事務事業執行情報は、その範囲が広くかつ曖昧である。諸判決例も参照しながら、意思形成過程情報と区別される本来の趣旨に立ち戻って、条例上の何らかの整理・区分けあるいは詳細化が今後は考えられてよいものと思われる6) 。
2 具体的な立証の必要 公開・非公開の具体的判断については、関係条例の差異は考慮する必要はあるが、市条例の今後の解釈・運用にあたっても留意されておくべき考え方がいくつか、判決例によって示されてきている。三点ほど、とり上げておきたい。
第一に、交際費関係文書について、非公開決定を取消した大阪地裁判決が大阪高裁でも維持されるとともに、実施機関側に好意的な理由を示して非公開決定を支持した宇都宮地裁判決は東京高裁により原則的に覆された7)。その際、二つの高裁判決はいずれも実施機関が非公開事由該当性の立証責任を負うものとし、支障発生の「特段の事情について具体的な主張立証」がない(大阪高裁)、「交際事務の案件のそれぞれについて、個別具体的に証拠によって証明されなければならない」(東京高裁)等と述べている。
公開による支障発生の抽象的・観念的な可能性・蓋然性の主張では非公開を正当化できないとされていること、そして非公開に固持しようとすれば個別の文書ごとの具体的な立証の仕方について実施機関側にはかなりの工夫が必要になること、に留意が必要である。
3 機関委任事務にかかる明示の指示 第二に、機関委任事務情報にかかる主務大臣等による非公開の「明示の指示」について、大阪地裁は写しの交付を許容しない旨の記載を含む「政治資金規正法関係質疑集」の存在等によりこれを肯定したのに対して、大阪高裁はこれらでは不十分とした8)。「明示の指示」の解釈・適用については後者の捉え方がおそらく妥当であり、一般的な解釈通達類(他自治体への回答類を含む)ではなく当該自治体の問題の文書に即した指示が、かつ電話等ではなく文書による指示の存在が必要である、と理解しておくべきことになるであろう。
なお、右の判決例は意識していないようであるが、機関委任事務の処理に付随した文書管理は自治事務である場合の主務大臣等の指示と文書管理自体が機関委任事務である場合(政治資金収支報告書・外国人登録原票等)のそれとを同一に論じてよいかという問題はあり、検討課題の一つである。そして、右の二つの場合を明確に区別する条例上の定めあるいは条例解釈が今後は必要であるかもしれない。
4 理由付記 第三に、公文書公開条例に関する最初の最高裁判決が非公開決定の理由付記に関して出ており、それによれば、非公開のための根拠条号の記載だけでは理由付記としては不十分であり、請求者の実際の知・不知とは無関係であり、また後日の口頭説明によっても理由不備の瑕疵は治癒されない9)。
この判決は理由付記にかかる各自治体の運用に影響を与えざるをえないであろう。市条例に即しても、非公開可能情報としての事務事業執行情報性を理由とする場合には根拠条号(6条8号)に該当する旨のみならず、少なくとも「取締り、監督、…人事等」のうちいずれに関する情報か、公開は事務事業の「目的を損なう」のか「公正若しくは円滑な執行に支障が生じる」のか(あるいは両者か)を記入する必要があることになる。また、個人情報性を理由とする場合にも、公開が必要または可能な場合(6条2号但書ア〜ウ)のいずれにも該当しないことの明記も必要になるのではないか、と思われる。
5 決定期間・裁決期間 理由付記が要求されていることも含めて、公開・非公開の判断は慎重かつ公正に行なわれる必要があるが、市条例は原則として請求受理日から14日以内に公開・非公開の決定をすべきものと定めている(9条1項)。一方、不服申立てがあった場合の裁決期間については何ら定めていない(大阪府条例は90日以内の努力義務を定める)。その結果、理由づけも含めた十分に慎重な検討をふまえていない決定が行なわれたり、一方では不服申立てに対する裁決が出されないまま一年以上の期間が経過したりすることが、中にはあるようである。
不服申立てがあってから長期間かけて再検討をするくらいであれば、時間をかけてでも慎重に判断して原決定を行うべきであり、条例上の原則的な決定期間を改正するか、あるいは例外的な期間延長規定(9条4項・14日プラス30日)を運用上より活用することが必要であるように見える。理由付記の不備も含む安易な非公開決定は、不服申立て・取消訴訟時において理由の変更・追加が可能か、という法的問題を生じさせる可能性もあることも、ここで留意されてよい。
条例上に努力義務の裁決期間を設けるかどうかは別としても、不服申立て後の裁決の例えば一年を超える遅延は、裁決により結果的には公開に改められたとしても、実質的には公文書公開請求権をかなり制約したことになるであろう。また、その間の事情の変化によって、非公開決定の適法性・妥当性を判断する基準日の問題や不服申立ての利益といった法的問題が顕在化する可能性もある。不服申立て件数の多寡や公文書公開審査会の開催可能頻度等にかかわることであるが、慎重な判断を経た原決定が行われていることを前提として、可能なかぎりすみやかに裁決が出されるべきであることを強調しておきたい。
6 自己情報の公開請求 大阪市の制度の特徴の一つは、自己に関する個人情報についての開示・訂正等の請求を認める個人情報保護条例は電子機器情報のみを対象としており、一方公文書公開条例は文書情報について自己情報の開示請求等を認める条項をもっていないことである。
公文書公開条例に自己情報開示請求等に関する条項を新設して、個人情報であっても請求者が本人あるいは一定の親族である場合には例外的に公開することを認める(大阪府等)、個人情報保護条例の対象に文書情報も含める(豊中市等)、という二つの法的対応手法が考えられるが、いずれにせよ、住民の自己情報管理権保障の理念が文書情報には及んでいないのは、やや奇妙な状態であろう。何らかのすみやかな対応が求められるように思われる。
五 むすびにかえて
以上、市条例を中心にしながら、公文書公開条例の今後についてその改正や解釈・運用にかかわる若干の論点に言及したが、改正案の立案や条例の解釈・運用という「制度」運営のあり方は、条例にかかわる「人」の意識・意欲・姿勢によって大きく左右されうるものでもある。このような観点から若干のことを指摘して、むすびにかえておくことにしたい。
1 自治体制定の法規範としての条例 公文書公開条例は自治体にとって、他者である国により自治体行政の根拠・制約基準等として与えられた法律・政令等とは異なり、自治権にもとづき自らの行動の基準として自らが制定した法規範である。それだけに、精神的な姿勢の上では国の法令に対する以上に、実施機関は「自らの判断と責任において、誠実に執行する義務」(地方自治法138条の2参照)がある、といってよいであろう。国による指導あるいは指導あるいは指揮監督のない分野の条例であることが、万が一にも誠実で真摯な執行(あるいは必要に応じた迅速かつ適切な改正)の姿勢を弱くするものであってはならない。
また、条例は法規範の一種として、場合によっては条例立案時や施行時の関係者の理解や意図を離れて、その文言と客観的な意味内容を通じて独り歩きしうるものである、ということの認識と留意も必要であると思われる。
2 監視・批判素材提供手段としての条例 市条例を含む公文書公開条例の目的の一つは自治体の行財政の適法性・公正性の確保にあり、条例は、自治体の行財政の監視・批判の素材となる文書・情報を、すなわち場合によっては住民監査請求や住民訴訟を含む行政訴訟の手がかりを与える可能性もある文書・情報を住民に提供する、という機能を客観的にはもっている。この点についての十分な認識が必要であり、別のいい方をすれば、条例がこのような機能を果たすものであることについて、それなりの覚悟・自信あるいは勇気があってこそ条例が制定されたはずである、ということが忘れられてはならないと思われる。
3 文書の性格・文書管理体制と条例 公文書公開条例はまた、文書の性格や文書管理の役割についての行政担当者の意識変革を要請し、またそれを前提とするものである、と考えられる。すなわち、条例によって、従来の「行政内部的な公用文書」は住民による直接的利用が原則的にあるいは広範囲で可能な「公共用文書」へと「原理的転換」をとげている。また、先に文書の作成・保存に関する条例に言及したが、一般的にいって条例は「必然的に文書管理体制の抜本的な変革を要請する」ものである、といえる10)。
このような原理的変化や変化の要請が生じていることをもふまえて、条例をもつ各自治体は公文書公開や文書管理に関する運用や体制の現況を、あらためて見直してみてよいのではなかろうか。それは一見地味な仕事のようでもあるが、自治権にもとづく、自主的な、自治体行政全般にかかわる重要な仕事であり、たんなる「横並び」に終わらない「先進」性が競われてよいであろう。公文書公開・文書管理の制度内容や関係する「人」の意識・姿勢もまた、「都市」の「格」が表れる重要な部分である、と思われる。
(注)
1) 拙稿「公文書(情報)公開条例における『決裁・供覧の終了』の要件について−覚え書」大阪市大法学雑誌37巻2号251頁以下(1990年)参照。
2) 川上宏二郎「情報公開条例と公文書の『不存在』」西南学院法学22巻2=3号127頁以下(1990年)、池田敏雄教授・阿部泰隆教授・筆者発言「座談会/情報公開をめぐって」判例地方自治105号39〜41頁(1993年)等参照。
3) 神戸地判平成3年10月28日判例地方自治93号10頁(22頁)。
4) 鈴木庸夫「プライバシー権の実体的利益」一橋論叢94巻5号60〜68頁(1985年)、同「行政機関の公表行為とその法理」法令解説資料総覧49号103頁(1985年)、棟末快行『人権論の再構成』185〜192頁(1992年)等参照。
5) 特定個人の識別可能性の有無は、判決例によっても具体的には異なって判断されている。例えば、東京高判平成3年1月21日・判例地方自治80号11頁と東京地判平成4年10月15日・同誌102号24頁を比較参照。
6) 棟末快行教授・筆者発言「座談会」前掲誌47頁・49頁参照。
7) 大阪地判平成元年3月14日判例地方自治55号12頁、大阪高判平成2年10月31日同誌76号10頁、宇都宮地判平成元年11月9日同誌64号11頁、東京高判平成3年1月21日同誌80号11頁参照。
8) 大阪地判平成3年12月25日判例地方自治97号10頁、大阪高判平成4年12月18日(判例集未登載)。
9) 最判平成4年12月10日(判例タイムズ813号184頁)参照。
10) それぞれ、兼子仁「情報公開と行政の改革」公法研究(日本公法学会誌) 43号94〜95頁 (1981年)、菊井康郎「情報公開と行政運営」前掲誌121頁以下参照。