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最高裁(大法廷)昭和43年11月27日判決
=行政百選U[第四版]bP72〔憲法29条3項−損失補償請求権の根拠・補償規定を欠く法律の合憲性〕
昭和37年(あ)第2922号・河川附近地制限令違反被告事件
棄却
第一審・仙台簡易裁判所昭和37年08月31日判決
控訴審・仙台高等裁判所昭和37年11月30日判決
上告申立人 被告人 X 弁護人 高橋勝夫
最高裁判所刑事判例集22巻12号1402頁、判例タイムズ229号256頁
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人高橋勝夫の上告趣意第一点について。
所論は、河川附近地制限令四条二号、一〇条は、次の理由により、憲法二九条三項に違反する違憲無効の規定であるという。すなわち、同令四条二号の制限は、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものであり、したがつて、この制限に対しては正当な補償をすべきであるのにかかわらず、その損失を補償すべき何らの規定もなく、かえつて、同令一〇条によつて、右制限の違反者に対する罰則のみを定めているのは、憲法二九条三項に違反して無効であり、これを違憲でないとした原判決は、憲法の解釈を誤つたものであるというのである。
よつて按ずるに、河川附近地制限令四条二号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令四条二号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令四条二号の規定が所論のように憲法二九条三項に違反し無効であるとはいえない。これと同趣旨に出た原判決の判断説示は、叙上の見地からいつて、憲法の解釈を誤つたものとはいい得ず、同令四条二号、一〇条の各規定の違憲無効を主張する論旨は、採用しがたい。
もつとも、本件記録に現われたところによれば、被告人は、名取川の堤外民有地の各所有者に対し賃借料を支払い、労務者を雇い入れ、従来から同所の砂利を採取してきたところ、昭和三四年一二月一一日宮城県告示第六四三号により、右地域が河川附近地に指定されたため、河川附近地制限令により、知事の許可を受けることなくしては砂利を採取することができなくなり、従来、賃借料を支払い、労務者を雇い入れ、相当の資本を投入して営んできた事業が営み得なくなるために相当の損失を被る筋合であるというのである。そうだとすれば、その財産上の犠牲は、公共のために必要な制限によるものとはいえ、単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではなく、憲法二九条三項の趣旨に照らし、さらに河川附近地制限令一条ないし三条および五条による規制について同令七条の定めるところにより損失補償をすべきものとしていることとの均衡からいつて、本件被告人の被つた現実の損失については、その補償を請求することができるものと解する余地がある。したがつて、仮りに被告人に損失があつたとしても補償することを要しないとした原判決の説示は妥当とはいえない。しかし、同令四条二号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといつて、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法二九条三項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に受忍すべきものとされる制限を定めた同令四条二号およびこの制限違反について罪則を定めた同令一〇条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない。
したがつて、右各規定の違憲無効を口実にして、同令四条二号の制限を無視し、所定の許可を受けることなく砂利を採取した被告人に、同令一〇条の定める刑責を肯定した原判決の結論は、正当としてこれを支持することができる。
同第二点について。
所論は、昭和三四年一二月一一日宮城県告示第六四三号による宮城県知事の告示は、憲法二九条三項に違反する違憲無効の告示であるという。
しかし、所論中、河川附近地の指定はその理由と必要性とを示し、かつ、最少限度の土地に限られるべきものであつて、右告示は、知事の自由裁量の範囲を逸脱しているものであることを主張する点は、右指定が「河川の公利を増進し、又は公害を除去若は軽減する必要のため」に行なわれるものであるという指定そのものの性質にかんがみ、どういう範囲にその指定を行なうべきかは、知事の裁量の範囲に属するものと解すべきであつて、本件指定が右裁量の範囲を著しく逸脱したものとまでは断定することができず、論旨は理由がない。また、所論中、本件告示により砂利等の採取行為を禁ぜられた被告人に多額の損失が生じたことを理由として、右告示の憲法二九条三項違反をいう点は、本件上告趣意第一点について説示した理由と同じ理由により、採用することができない。
同第三点について。
所論は、河川附近地制限令四条二号、一〇条は、憲法七三条六号、九八条一項に違反する違憲無効の規定であるという。
しかし、河川附近地制限令四条の規定は、同令の制定当時施行されていた昭和三三年法律第一七三号による改正前の河川法五八条にいう「此ノ法律ニ規定シタル私人ノ義務」に関する制限を定めたものとみるべきであるが、右改正により、新たに同法四七条の規定を設け、このような制限の根拠を一層明確にするに至つたもので、その後は、河川附近地制限令四条の定めは、右四七条に基づく有効な定めとみるべきである。また、同令一〇条の定める罰則は、所論のように明治二三年法律第八四号「命令ノ条項違犯ニ関スル罰則ノ件」に基づくものではなく、前記改正前の河川法五八条の委任に基づき適法に定められたものとみるべきであるが、右改正にあたり、この点についても、その根拠規定の疑義を避けるため、改正法五八条の五を加えるに至つたもので、その後は、同令一〇条の定めは、右五八条の五に基づく有効な定めとみるべきである。右と異なる論旨は、排斥を免れず、違憲の論旨は、その前提において採ることができない。
以上、論旨は、すべて理由がなく、いずれも採用することができない。
よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 長部謹吾裁判官 城戸芳彦裁判官 石田和外 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎)
弁護人高橋勝夫の上告趣意
原判決には、憲法の解釈に誤があり、破棄を免れないと信ずる。
第一点 河川附近地制限令第四条第二号、第十条は、憲法第二十九条第三項に違反する違憲無効の規定である。
(一)河川附近地制限令の適用される土地は、すべて私人の権利を認められている民有地であり、所有者の自由に使用、収益、処分のできる土地である。しかるに、同令第四条第二号は、かゝる民有地に対し制限を加え、同号に規定する行為につき、知事の許可を必要とすることを定めている。元来、私有財産が、公共のために制限を受ける場合、国又は公共団体は、権利の制限を受けた土地所有者(或いは土地使用者)に対し、正当な補償をなすべきことは、憲法第二十九条第三項に明記するところである。しかるに同令第四条第二号の制限については、その損失を補償すべき何等の規定もなく、唯単に、同令第十条によつて、違反者に対し罰則のみ定めている。これは明らかに憲法第二十九条第三項に違反し無効である。
(二)この点について、原判決は、「同令第四条の制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をなさんとする場合は、知事の許可を必要とするに止まり、特定の人に対し、特別財産上の犠牲を強いたものでないから、損失補償を要件とするものではなく、従つて憲法第二十九条第三項に違反しない。」と判示した。
しかしながら、河川附近地制限令は、すでに、土地所有者や土地使用者が、同令第四条第二号の行為をなしつつある土地に適用される場合もある。その場合は、土地所有者や土地使用者が、従前の行為を継続しようとするならば、当然知事の許可を必要とするに至り、不許可の場合は多大の損失を強いられることになる。
即ち、同令第四条第二号は、河川附近地において、従前より同令第四条第二号の行為(営業)をしてきた特定の人に対し、特別財産上の犠牲を強いたものに外ならないから、損失補償を要件とすべきこと明らかである。(類似の制限に対し、森林法第三十五条、国立公園法第九条は、損失補償を規定している。)
従つて、原判決には、憲法の解釈に誤があり、破棄を免れない。
第二点 昭和三十四年十二月十一日宮城県告示第六百四十三号による宮城県知事の告示は、憲法第二十九条第三項に違反する違憲無効の告示である。
(一)河川附近地制限令は、明治三十三年七月十三日勅令第三百号として公布施行されてきた。しかし名取川堤外民有地には、昭和三十四年十二月十一日宮城県告示第六百四十三号による宮城県知事の告示によつて、はじめて適用されることになつた。河川附近地として指定された民有地は、権利の制限を受けるものであるから、その指定は理由と必要性を示し、且つ最少限度の土地に限られ、その損失に対しては正当な補償をすべきことは、憲法第二十九条第三項の法意である。
しかるに右告示には、河川附近地として指定しなければならない理由も必要性も示すことなく、又何等の補償を定めず、且つ現実に補償を実施せず、名取川を含めた宮城県下の各河川について、漠然と広大な土地を指定した。河川附近地の指定は、知事が、「河川の公利を増進し、又は公害を除却若は軽減する必要のため」行う自由裁量行為であるとしても、右告示は前記のような内容で、自由裁量の範囲を逸脱しているといわなければならない。従つて憲法第二十九条第三項に違反することは明らかである。
(二)右告示により、名取川堤外民有地に、河川附近地制限令が適用されたゝめ、砂利、砂等を採取することが禁じられ、特に宮城県知事の許可を受けた者のみ採用できることになつた。被告人は、従来、名取川堤外民有地において、相当多額の資本を投入し、賃借料を支払い、労務者を雇入れ、砂利、砂等を採取し、事業を営んできたのである。今右告示により、砂利等の採取行為を禁ぜられるならば、多額の損失を生ずる。それにもかかわらず、右告示には、損失補償について何等言明せず、又現に損失を補償していないのである。 右告示が憲法第二十九条第三項に違反することは明らかである。
弁護人高橋勝夫の上告趣意(補充)
第三点 河川附近地制限令第四条第二号、第十条は、憲法第七十三条第六号、第九十八条第一項に違反する違憲無効の規定であり、これを合憲と解した原判決は、憲法の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないと信ずる。
(一)河川附近地制限令は、遠く明治三十三年七月十三日、勅令第三百号として公布施行され、現在に至つた。その法律上の根拠は、河川法(明治二十九年四月八日法律第七十一号)第四十七条であつた。
しかし、河川法第四十七条は、命令に対して罰則の委任をしなかつた。河川附近地制限令第四条第二号の行為は、改正前の河川法第五十八条に規定する「此ノ法律ニ規定シタル私人ノ義務」ということを得ないから、同法条を根拠として、河川附近地制限令に、罰則を設けることを委任したものと解することはできない。河川附近地制限令が、その第十条において罰則を規定しえた法律上の根拠は、「命令ノ条項違反ニ関スル罰則ノ件」(明治二十三年九月十八日法律第八十四号)であるといわなければならない。
(二)ところで、新憲法が、昭和二十二年五月三日より施行されることになり、それに伴つて、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力に関する法律」(昭和二十二年四月十八日法律第七十二号)が公布施行された。同法は、その第三条において、前記「命令ノ条項違反ニ関スル罰則ノ件」を廃止した。こゝにおいて、河川附近地制限令第十条、第四条第二号は、その法律上の根拠を失つたのである。
(三)憲法第七十三条第六号は、法律の委任がない限り、政令に罰則を設けることを禁じており、憲法第九十八条第一項は、憲法の規定に反する法律、命令は、無効であることを宣言している。
しかるに、昭和二十二年五月三日憲法が施行された時、河川附近地制限令第十条、第四条第二号は、法律の委任を受けずに罰則を規定したものであつたから、新憲法下においてその効力を主張できず、憲法施行とゝもに失効したものと考えざるをえない。
(四)昭和三十三年十二月三日に至り、法律第百七十三号により、河川法が改正され、同法第五十八条の五が新設された。
そのため、現在、法形式上、河川附近地制限令第十条、第四条第二号は、河川法第五十八条の五の委任を受けて罰則を設けたようになつている。
しかしながら、河川附近地制限令第十条、第四条第二号は、憲法施行とともに既に失効していること前述のとおりであるから、その後、河川法という法律を改正しただけで、その効力を復活させることはできない。
(五)以上論じたように、被告人に適用されんとしている河川附近地制限令第十条、第四条第二号は、憲法第七十二条第六号、第九十八条第一項に違反して失効したものであるから、被告人に適用されるいわれなく、被告人は、無罪である。
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