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最高裁判所(第一小法廷)昭和53年 3月30日判決
=行政判例百選U[第四版]bQ41事件判決〔住民訴訟の意義と訴額〕
昭和51年(行ツ)第120号・愛知県に代位して行う損害賠償請求事件
棄却
上告人(被控訴人・被告) 桑原幹根 右参加人 愛知県知事 代理人 水野祐一
被上告人(控訴人・原告) N・K 外五名
最高裁判所民事判例集32巻02号0485頁
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人佐治良三及び参加代理人水野祐一の各上告理由について
論旨は、要するに、地方自治法二四二条の二第一項四号により普通地方公共団体の住民が当該地方公共団体に代位して行う損害賠償請求の訴訟(以下「損害補填に関する住民訴訟」という。)において、その訴提起の手数料算定の基礎となる訴額は、請求に係る賠償額と同額であると解すべきであるのに、原審が、右訴額の算定を不能として、本訴提起の手数料を三三五〇円と定めたのは、民訴法二二条一項、民事訴訟費用等に関する法律(以下「費用法」という。)四条の解釈を誤つたものである、というのである。
そこで検討するのに、損害補填に関する住民訴訟は、被告に対して一定額の金銭の支払を請求するものであるから、費用法四条にいう財産権上の請求に係る訴訟とみるほかはない。したがつて、その訴額は、原告が「訴を以て主張する利益」によりこれを算定すべきであるが(費用法四条一項、民訴法二二条一項)、問題は、損害補填に関する住民訴訟において何をもつて右の「訴を以て主張する利益」とみるかということである。
ところで、地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであつて、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に、制度の本来の意義がある。すなわち、住民の有する右訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によつて特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。住民訴訟の判決の効力が当事者のみにとどまらず全住民に及ぶと解されるのも、このためである。もつとも、損害補填に関する住民訴訟は地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが、この場合でも、実質的にみれば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的となつているのであり、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとしたものであると解される。この点において、右訴訟は民法四二三条に基づく訴訟等とは異質のものであるといわなければならない。
右のような損害補填に関する住民訴訟の特殊な目的及び性格にかんがみれば、その訴訟の訴額算定の基礎となる「訴を以て主張する利益」については、これを実質的に理解し、地方公共団体の損害が回復されることによつてその訴の原告を含む住民全体の受けるべき利益がこれにあたるとみるべきである。そして、このような住民全体の受けるべき利益はその性質上、勝訴判決によつて地方公共団体が直接受ける利益すなわち請求に係る賠償額と同一ではありえず、他にその価額を算定する客観的、合理的基準を見出すことも極めて困難であるから、結局、費用法四条二項に準じて、その価額は三五万円とすることが相当である。また、右訴訟は、前述のように、住民が法律の特別の規定に基づき地方公共団体の構成員としての資格において住民全体の利益のためにこれを追行するものであることからすれば、複数の住民が共同して出訴した場合でも、各自の「訴を以て主張する利益」は同一であると認められるので、その訴額は、民訴法二三条一項により合算すべきではなく一括して三五万円とすべきものである。
本件において、原審は、以上と同旨の見解のもとに本訴提起の手数料を三三五〇円と定めたものであり、その判断は正当というべきである。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤崎万里 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨)
上告代理人佐治良三の上告理由
原判決には行政事件訴訟法七条、民事訴訟法二二条一項、民事訴訟費用等に関する法律四条一項、二項に関する解釈の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背に該るから、到底破棄を免れない。
原判決は、地方自治法二四二条の二第一項四号請求訴訟が
1 代位訴訟であつて民事訴訟費用等に関する法律四条にいう財産権上の訴えであること
2 訴額の算定の基準となる訴えをもつて主張する利益を直接享受するのは、実体的な紛争利益の帰属主体である当該地方自治体であること
の二点を認めながら(この点については一審判決と全く異同はない)、地方自治法二四二条の二第一項四号による請求訴訟(以下「四号請求訴訟」という。)の特異性を四点あげて、実体的な紛争利益の帰属主体を全住民と解し、更に利益の性質自体に照らしても訴額は算定不能と解するとして、全く誤つた結論に達している。
一、地方自治法二四二条の二第一項に基づく住民訴訟(以下単に「住民訴訟」という。)は、同項所定の執行機関又は職員による同項所定の一定の財務会計上の違法な行為等によつて、地方公共団体が被り又は、被るおそれのある損害の回復、予防を目的として、地方公共団体が実体法上有する請求権の行使を怠つているとき、所定の住民が地方公共団体に代位して、右実体法上の請求権に基づいて訴えを提起するという構造をとつている。いいかえるならば、訴えを提起する住民に対し、実質上、地方公共団体の代表又は統轄的権能を与えて、その権能の行使の適法性を確保するために、その権能の行使の方法を裁判所に対する出訴に限定したものと解することができる。
したがつて、住民訴訟は、すべて代位訴訟たる性格を有するものであり、ことに、本件のような四号請求訴訟においては、法文自体においても「普通地方公共団体に代位して行う……」と表現されているので、四号請求訴訟が代位訴訟の範疇に属することは、一層明白であり、判例も明らかにこれを肯定している(最判昭和五〇年五月二七日判時七八〇号三六頁)。
原判決も、四号請求訴訟を、地方自治法二四二条の二第一項四号による「代位請求訴訟」と表現し、かつ、四号請求訴訟は、株主代表訴訟と同一類型に属し、第三者の訴訟担当者の提起する訴えに該当する」と判示しているところから眺めて、住民訴訟ことに四号請求訴訟が代位訴訟であることを肯定したものと理解できる。
そうであるとすれば、原審の右判断は、もとより正当である。
二、本件は、四号請求訴訟であつて、被上告人らは、上告人に対し、金八億四、八〇九万七、三七二円を、地方公共団体である訴外愛知県に支払うよう請求するものであるから、その請求自体からして、財産権上の請求であることは明らかなところである。けだし、財産権上の請求と非財産権上の請求との区別は、第一審判決も説示しているように、原則として、当該訴訟における原告の「請求」自体に着目して決せらるべきものであるからである。したがつて、本訴を財産権上の請求にあたると解した原審の判断もまた正当である。
三、ところで、訴額の算定については、民事訴訟法二二条一項及び民事訴訟費用等に関する法律四条一項の規定により、訴えをもつて主張する利益によつて決定されるのであるが代位訴訟その他第三者によつて訴訟が担当される場合においては、実体的な紛争利益の帰属主体(本人)が受ける利益をもつて訴額算定の対象と解されており、訴訟技術上の訴訟追行者が受ける利益をもつて訴額算定の対象とはされていない。
したがつて、選定当事者、破産管財人、取立命令をえた差押債権者の提起する各訴訟、船長の救助料請求訴訟、株主の取締役に対する代表訴訟等においては、選定当事者全員、破産者、執行手続上の債務者、救助料の債務者、当該会社の受ける各利益が訴額算定の対象とされているのである。
前叙の法理は、第一審判決の詳細に説示するところであり、原審もまた、格別の理由こそ判示していないが、第三者の訴訟担当の場合の訴額算定に関する一般論としては、同一の見解を採つているのである。
第一審判決及び原判決の右結論は、もとより正当であつて、上告人としては、とくにこの点に触れる必要を感じないのであるが、最近、主として株主代表訴訟に関し、実体的な紛争利益の帰属主体である会社の受ける利益ではなく、原告たる訴訟追行株主の受ける利益によつて、訴額を算定すべきである、との見解が一部で唱えられている(注1)ので、万一貴庁が、かかる見解に耳を傾けられる場合に備えて、代位(代表)訴訟の場合における訴額の算定方法について意見を述べることとする。
訴額算定の基礎となる「訴ヲ以テ主張スル利益」とは、当該訴訟の原告が訴訟物(訴訟上の請求)として当該訴訟の被告に対して主張する利益の意味であり、この利益を貨幣単位によつて評価した金額が訴額となるのである(注2)。そして、例えば株主代表訴訟の訴訟物は、株主たる原告が実質的な紛争利益の帰属主体である会社に代位してなす利益主張にほかならないのであるから、右利益主張の価額(すなわち、当該訴訟において勝訴判決があつた場合に、会社が直接受ける経済的利益の価額)が訴額となるのである。
これに対して、前記(注1)掲記の見解によつて代表される見解は、まず訴訟物を、当該原告が訴えをもつてその当否の判断を裁判所に求めるところの権利主張、すなわち、当該原告が訴をもつて主張する権利義務その他の法律関係と解し、当該原告が訴えをもつて主張する権利又は法律関係について有する直接の経済的利益を貨幣単位によつて評価した金額を訴額とするものである。しかしながら、かかる見解は、民訴法二二条一項が、訴額は「訴ヲ以テ主張スル利益ニ依リテ之ヲ算定ス」と定め、「訴ヲ以テ主張スル権利又ハ法律関係ニ付キ有スル経済的利益ニ依リテ之ヲ算定ス」と定めていないこと、及び、民事訴訟は、権利又は法律関係についての学問上の論争を解決するためのものではなく、あくまで私生活上の利益主張の衝突を解決するために国家が設けた制度であつて、当該訴訟の原告が、訴訟上の請求として解決されるべき紛争を指定することは、とりもなおさず、利益主張を指定することにほかならない、という民事訴訟の本質論から眺めて、従いえないのである。
実務上においても、株主代表訴訟を始め、第三者の訴訟担当の場合には、実体的な紛争利益の帰属主体の受ける利益によつて訴額が算定されていることはいうまでもないところであり(注3)、その詳細については、上告人が第一審準備書面(一)において述べたとおりである。
四、原判決が、四号請求訴訟を含む住民訴訟を、株主代表訴訟と同一類型に属し、第三者の訴訟担当に該当するとし、これをふまえて、地方自治体の受ける利益をもつて訴額算定の対象とすべき見解を相当の理由があるとしながら、なお住民訴訟、特に四号請求訴訟の特異性を強調して、あえて右見解を排斥したのは次の四点による。
(1) 住民訴訟が民衆訴訟、客観訴訟の性格を有すること
(2) 実質的な紛争利益の終局的な帰属主体は、実質的にみると原告たる住民を含む全住民であること
(3) 出訴の途をとざす結果となる虞れのあること
(4) 住民訴訟の各類型について訴額算定の権衡を考えねばならないこと
そこで、原判決の強調する四号請求訴訟の右の特異性が、訴額の算定上、算定不能との結論に達する理由となり得ないことを以下に述べる。
(一)1 四号請求訴訟を含む住民訴訟が民衆訴訟の性質を有し、従つてまた法規維持を目的とする客観訴訟の性格を有することは、原判決の指摘するところを俟つまでもなく、当然の分類であり、異論はない。
元来、客観訴訟という語は、通常の訴訟が特定個人の権利、利益を保護することを目的とすることから主観訴訟と呼ばれることに対して、個人の権利、利益の保護を別にして、法規の適用の客観的適正を保障するために法令の特別の規定により、一定の要件に該当する者のみが、訴えを提起することができる場合を指称する講学上の分類にすぎない(注4)。換言すれば、個人の権利、利益の救済を目的とするか否かによつて、形式的に区別される訴訟の類型をあらわすものであつて、決して訴訟の基礎である実体的権利の性質の差異までを示すものではない。
さらには、客観訴訟ということと、この訴訟を具体的に誰によつて追行させるかは、別個の問題であり、訴訟追行者はもつぱら立法政策によつて決定されるところであり、住民訴訟が、客観訴訟であることと、代位訴訟の構造をとるということは互いに矛盾するものではない。
また、民衆訴訟の定義は、行訴法五条に定められているとおりであるが、これを更に実質的にみれば「国、公法人または私法上の社団の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、団体の構成員であること、その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」と理解できる。この意味からも、住民訴訟、選挙訴訟、商法の代表訴訟、証券取引法上の代表訴訟は、いずれも民衆訴訟の範疇に入り(注5)、同様の機能を有することとなるから、この間に取扱いを異にせねばならない合理的理由は、全く存しないのである。
2 ところが、この住民訴訟の特色を公益的な見地から認められた、地方公共団体の財政監査という住民の監視的な訴権としてとらえ、その公共性を強調する余り、訴額の算定について、当該訴訟の原告が訴訟物として主張する経済的利益を評価して費用を負担させる原則が適用されるのは、訴えの目的が私的紛争解決を目的とする場合に限定し、法規の適用の客観的適正を確保するために認められた客観訴訟の場合にはこの原則が排除されるとする考え方がある(原判決も、四号請求訴訟を財産上の訴えと解し、且つ訴額算定を、訴えをもつて主張する利益により決定されるとしながら、あえて結論において、勝訴判決による利益の享受の主体が全住民であるとして算定不能との結論に到達しているのは、おそらく、この考え方が根底にあるものと推認できるのである)。
しかしながら、
3 まず、印紙の貼用の本質は、手数料の納付であることに注目しなければならない。印紙貼用という形式で、裁判所へ納める司法手数料の性格は、裁判所が紛争の解決のため設営している民事訴訟制度等(違法な行政処分により蒙つた権利等の侵害の回復を目的とする行政事件訴訟についても、行訴法七条による民事訴訟の例によるとされる限度においては全く同様である)を利用すべく、裁判所に裁判等一定の行為(役務)を求める当事者に対し、その役務に対する反対給付としてこの制度の運営のため国(裁判所)の側で出捐する費用の一部を、法律の定めるところにより徴収する一種の受益者負担を有する料金である(注6)。その負担の根拠を更に深く考えれば、国の費用によつて維持運営される民事訴訟制度等を利用するものと、しない者との間の負担の公平(したがつて、或る形式の訴訟形態を選択した者と、これと同一の性質を有する他の訴訟形態を選択した者との料金の負担の公平もその中に入る)、濫訴の防止(このことは以下(三)で詳述する)、健訟の伸長にあることはいうまでもない。
印紙貼用の本質が右のようなものである以上、民事訴訟制度等を利用する者の間において不均衡、不公平があつてはならないから、法律によつて出訴の途が確保されている以上、その目的が株式会社等の私的利益追及の目的を有するか、或いは公的な訴権に基くものであるかによつて、貼用印紙に差異を生ずる根拠となり得ないことは余りにも明らかである。特に四号請求訴訟は、原判決も認めているとおり、代位(代表)訴訟の一種であり、代位すべき請求権は、損害賠償、或いは不当利得返還請求権であるから、その目的が法規の厳正な適用、執行にあるといつても、或いは訴権の本質が公権であるととらえてみても、損害が具体的に発生し、或いは利益が当該職員に現存していない限りは、その請求は棄却されるのであるから、その本質は損害、或いは現存利益という金銭上の評価であり、経済的利益に還元されてしまうものである。前記のような印紙(手数料)納付の原則に負担の公平の観点があれば、このように経済的利益にすべて還元されるものは全部還元して平等に印紙を貼用させるのが当然の帰結であると考えられる。
仮にもしそうでないと、地方公共団体が直接原告となつて当該職員に対し、損害賠償等を請求するときは当然に財産権上の請求にあたり、訴えをもつて主張する額に応じた印紙を貼用すべきであるのに対し、住民がこれを代位請求する四号請求訴訟については僅少な印紙で済むとされる不権衡は、負担の公平の観点からみて到底、是認し難いし、また、住民が、転得者にも比すべき、調整交付金を受領した他の住民を直接被告として、四号請求訴訟の一形態としての代位による不当利得返還請求を提起したときにも(この形式の訴訟を提起し得ることについては前掲昭和五〇年五月二七日最判参照)訴えをもつて主張する額によらず、算定不能として僅少な印紙を貼用して足りるとする結論は、やはり負担公平の原則からみて容認し難い。
このように、原判決や前掲のような一部の学説の強調する特殊公法的訴権説は、司法手数料の本質からみて、受け入れ難いものである。
4 次に住民訴訟の母法がアメリカ法にあることはいうまでもないが、米法において納税者訴訟は株主代表訴訟のアナロジーに入つていることは広く認められている(注7)。株式会社と地方公共団体の両者がその本質において全く相違することは、前者が株主の利益を中心として構成され株主による統制を受けるのに対し、後者はその地域内に住む住民の利益のために組織された統治上の地域的単位で、住民によつて選ばれた官吏によつて統制され、しかも住民は地方公共団体の行政そのものに対しては直接参加して発言し得る権利を殆んど有せず、税金も一方的に賦課徴収される点等において明らかであるが、多くの裁判所は両者が類似するとして、住民訴訟に株主代表訴訟のアナロジーを認め、衡平法上の要件である信託違反の存在、法律上の他の適切な救済の欠缺等を必要としているのであるこのような母法における両者の類似性は、当然我が国の現行の両訴訟制度の類似性を裏付けている。即ち、住民訴訟における実体的権利は、前述のとおり、地方公共団体の財務会計に関する公共の利益を保護することを目的として、地方公共団体が実体法上の請求権を有するにもかかわらず、これを行使しようとしない場合に、住民に対し、実質上地方公共団体の代表機関的地位を与え、右請求権に基づいて、裁判所へ出訴するものとしたと解すべきであり、このことは商法二六七条及び二七二条の訴訟が、株主の共益権ないしは株式会社の適正な運営の保護を目的として、取締役の違法行為の回復、予防の手段として、株主を実質上会社の代表機関的地位に立て、裁判所への出訴の方法をとつているのと軌を一にしており、住民訴訟も通常の代表訴訟もその機能は同一のものであり、両者を区別する特異性は見当らないのである。
5 而して、株主代表訴訟の場合における訴額の算定は一審で提出した別添資料(注8)のとおり、「取締役等に対し責任を追及する株主の代表訴訟(商法二六七条二項、一九六条、二八〇条、二八〇条の一一、四三〇条二項、有限会社法三一条)……は会社のためになすものであつて、会社に対し給付を求め、判決の効力も当然会社が受けるものであるから、訴額算定の対象となる利益は会社が受ける利益とする」とされており、これに対し前掲三、(注1)以外特に反対はないから、四号請求訴訟の場合にこれと同様の結論に達すべきことはむしろ当然といつてよいであろう。
(二)1 原判決は、「実質的な紛争利益の終局的な帰属主体は、これを実質的にみると原告を含む当該地方自治体の全住民であるといえること」を住民訴訟の特異性としてあげこれをもつて、財産権上の訴えであるにかかわらず、訴額の算定不能となる理由の一つと掲げているのである。
2 しかしながら、(一)で詳述したとおり、代位訴訟の典型的な例である株主の代表訴訟と対比してみると、取締役の責任が追求されないまゝ放置されると会社の利益が害されひいては、株主の利益が害されることになることから、会社の利益(ひいては、全株主の利益)を目的とすることが、株主訴訟の趣旨であることからみれば、結局、終局的な利益の帰属主体は全株主にあるということになり、終局的な利益の帰属主体を、いずれも団体の構成員と考え得る点で、住民訴訟との間に異るところはなく、その団体が地方公共団体である公法人であるか、株式会社という私法人であるかの差にすぎない。
したがつて、代位者の訴権が、地方公共団体の有する公法上のものであるか、株式会社の有する私法上のものであるかにより、訴えによつて主張される利益の帰属主体が異り、ひいては、訴額算定上、これらを別異にすべきであるとする理論が合理的なものでないことはいうまでもない。
(三)1 原判決は、第三に「自治体の受ける利益を基準として訴額を算定すると、それは通常高額となるが、株主の代表訴訟の場合に比し、被代位者である地方公共団体との間に密接な経済的利害関係を有していない住民に多額の負担を強いることとなり、場合によつては、出訴の途をとざす結果となりかねないこと」をあげている。
2 しかし、右は余りにも事実に反した表面的な観察であり、目的的救済のために考え出した甚だ、皮相的な理由にすぎない。四号請求訴訟は、本来、住民の代表によつて意思決定される機能(予算の議決、地方自治体が原告となつて提起する損害賠償や不当利得返還請求訴訟の訴え提起に対する議決、又は、執行機関の一つである長の不信任議決等)を飛び越して認められるものであり、しかも、法律上有するリコール請求(地方自治法八一条のごとく、全有権者数の三分の一以上というような多数の連署も不必要で、一人の住民でも足りるものであり、更に、担保の供与(商法二六七条四項参照)も不必要とされていることから、制度上、自治体の長の施策に対し不満を持つ住民にとつては極めて、てつとりばやく利用しうる方法である。もつとも、出訴前に、監査委員に対する監査請求は必要とされているが、これに対しては格別の手数料の納付も、担保の供与その他の出捐も必要としないし、恣意的な監査請求に対する罰則的制裁もないから、前記のような住民にとつて格別の抑制力を有しない。
元来、地方公共団体の財務会計処理についての是非を問題にするにあたつては、政策的判断が相当程度必要であり、財務会計処理の執行は、全住民の選挙による代表者で構成される地方公共団体の議会の議決が必要とされ、また、財務会計処理の執行後においても、独立の執行機関である監査委員の監査及び、議会における決算の認定を受けなければならないこと等からも、住民訴訟は、特に財務会計処理等の問題について補完的、消極的機能しか有しないはずであり、更には、その訴えの提起において、住民の過半数が、原告である住民と同意見であるという保障は何もなく、むしろ、小数派に属する住民の不満のはけ口の場を与えていることがうかがえるのである。
3 このことは、住民訴訟における勝訴率を他の行政事件と対比してみれば明らかであろう。こゝには、やゝ古い資料しか提出できない(注9)が、その後の詳細は、むしろ貴庁の各種統計において明白となつているものと信ずる。ちなみに、昭和三八年から四四年までの間の住民訴訟の既済総数とその認容数、認容率は、
昭和三八年 六件に対し一件 一六・七%
三九年 一四件に対し三件 二一・四%
四〇年 一八件に対し〇 〇
四一年 二一件に対し〇 〇
四二年 二九件に対し三件 一〇・三%
四三年 二一件に対し三件 一四・三%
四四年 三五件に対し一件 二・九%
計 一四四件に対し一一件 七・六%
であり、これを続行政事件訴訟十年史の行政事件全体の勝訴率の統計(注10)と比較すると
昭和三八年 二七一件に対し六五件 二四%
三九年 二八九件に対し六〇件 二〇・八%
四〇年 二五八件に対し六六件 二五・六%
四一年 二九〇件に対し七〇件 二四・一%
四二年 二三三件に対し六二件 二六・六%
計 一、三四一件に対し三二三件 二四・一%
となり、勝訴率に甚しい較差があり、住民訴訟の実態が、前記のとおり肯認できるのである。
4 逆に、四号請求訴訟につき、被告となつた当該職員の立場からみれば、応訴は個人の資格でしなければならないから、本訴のごとき巨額の請求に対し、その訴訟費用、弁護士費用等も個人が負担し、その職を辞任した後も、引き続き応訴の必要があり、万一、当該職員が死亡しても、当然に訴訟は消滅しないから相続人が承継しなければならない点において甚しい負担と犠牲を強要されるのである。その他悪意の疎明(商法一〇六条二項、二六七条五項)の保護もなく、結局濫訴を防止する防波堤となるものは、むしろ印紙貼用の点にのみ存するといつて過言でない。このことは、印紙(手数料)納付の目的が、濫訴防止、健訟伸長にあることを、四号請求訴訟においてこそ如実に裏づけるものといえるであろう。
5 したがつて、或る政策判断について、個々の住民の主観により、たまたま意見がわかれた支出等につき、具体的な使途を明示した費目で、議会の議決まで得ていながら、一率に、訴えによる利益を算定することが不能であるとして少額の印紙貼用で足りる住民訴訟を認めることは、まさしく濫訴を生ずることにもなり、訴訟において、勝訴のために、真面目な努力をなさず、もつぱら、本件におけるが如く、他の係争事件を有利にする等の目的に利用されたり、或いは、イデオロギーの差異による政争の具に供されるおそれも十分に存するのである。もとより住民一般の権利の保護はいうまでもなく必要なことであるがそこには、自から節度が必要で、住民の直接参政の手段の美名のもとに、住民訴訟と通常の代位訴訟を区別して扱うことは、むしろ弊害を助長するおそれが十分考えられるのである。
6 なお、原判決は、敗訴の場合は、訴訟救助が受けられないことを理由としているが、これは、敗訴の場合には、訴訟費用は、敗訴者の負担とされるのが、法律上当然のことであり、訴訟救助の要件として勝訴の見込を必要としていることを見落した議論で、納得のできないところであり、これが出訴の途をとざすものでないことは、いうまでもないことである。
住民訴訟については、訴訟救助の申立てが認められていること、住民の多数が、原告になることにより、個人負担額を少額化することができること、あるいは、一部請求も可能であること、また、勝訴した場合は、その支出した貼用印紙額は勿論、四号請求訴訟の場合には弁護士費用まで地方公共団体から回収することができること等を考慮すると通常の例による印紙貼用が住民の権利行使を不当に制限するものとは、断じていえない。ここで念のため、多数の住民が共同して四号請求訴訟を提起した場合における訴額の算定方法に触れることとする。上告人の見解によれば、原告となる住民の数の多寡が訴額算定に全く影響を与えないことは、おのずから明らかである。けだし、原告の数のいかんにかかわらず原告らが訴訟物として被告に対し主張する利益は同一であるからである。一方、原判示のような見解に従う限り、訴額は、住民たる原告の受ける利益によつて算定されることとなるから、住民たる原告の数が異なれば、訴額はおのずから異なつてくるはずであり、例えば、本件においては、原告のうち一名についての訴額が金三五万円とみなされるわけであるから、本件の訴額は、その六倍となるべきはずのものである。したがつて、原審が、本件の訴額を総計金三五万円とみなして計算された印紙額金三、三五〇円の貼付をもつて足る、と判示しているのは、背理というべきである。そして、例えば普通地方公共団体への損害賠償又は不当利得の返還等同一の法的効果を目的とする住民訴訟の訴額が原告となる住民の数いかんによつて異なるということには、何らの合理性も存しないのであつて、上告人が原審の説示に従いえない理由の一つは、この点にも存するのである。
(四)1 原判決は、第四に「地方自治法二四二条の二第一項四号の住民訴訟以外の他の各号の請求訴訟中には、その請求の性質上、地方自治体の受ける利益を基準として算定することは困難な場合が多いと孝えられ、これらの各請求訴訟と第四号請求訴訟との間に訴額算定上の不均衡が生ずることは、住民訴訟の目的がどの形態の請求についても同一であることを考えると不合理であること」をあげている。
しかしながら、なるほど、これらの住民訴訟の目的は、地方公共団体の財務会計上に関する公共の利益の保護という同一のものであるが、その回復の方法が具体的な訴えによつてなされる場合には、その訴えの実態に即して、原告、被告、請求の内容等が、異なつて、取扱われるべきものである。そして、このことは、訴額算定上も同様であつて、たまたま、同一法条による訴えであるという理由のみで、すべて同一に取扱わねばならないという合理的理由は存しないといわなければならない。むしろ、四号請求訴訟と他の各号による請求訴訟(以下「一号ないし三号請求訴訟」という。)とは、訴額の算定上も、別異に取扱つた方が、合理的であつて、以下その理由を詳述することとする。
2 四号請求訴訟と一号ないし三号請求訴訟とは、その目的は同一であつても、提起される時期を異にするので、その内容もおのずから異つてくるのである。そして、例えば、同一の土地に対する所有権に基づく訴訟であつても、第三者が不法に右土地上に建物を建築した後に、その収去明渡を求める訴訟と、第三者が、右土地に立入ろうとしているに過ぎない段階において、その立入禁止を求める訴訟とでは、その訴額を異にするように、目的を同じくする訴訟であつても、提起される時期のいかんによつて、訴額を異にする事例は多く存するのであるから、地方公共団体に損害が発生した後に、提起される四号請求訴訟と、右損害の発生はもちろん、行為さえなされていないうちに提起されるものもある一号ないし三号請求訴訟とが、訴額を異にする場合があつたとしても、何ら不合理、不均衡ではないのである。
3 一号ないし三号請求訴訟において、被告とされる者は、当該執行機関又は補助機関たる職員である。したがつて、被告とされた議員が退職した場合はもちろん、配置換えがあつた場合にも、これによつて応訴の煩を免れることができ、いわんやその死亡後に、遺族までが、応訴を強いられることはない。ところが、四号請求訴訟においては、前記(三)4のとおり、被告とされる者は、当該職員個人であるため、当該職員は、配置換又は退職の事実があつたとしても、応訴の負担を免れることができず、さらに、その死亡後においても、当該地方公共団体と全く無関係な遺族までもが、応訴を強いられることとなるのである。
そのほか、一号ないし三号請求訴訟においては、当該執行機関又は、補助機関たる職員以外の者が、被告とされることはないのに対し、四号請求訴訟においては、当該行為の直接の相手方から、さらには転得者(前掲最判参照)に至るまで、被告とされる場合があるのである。
このように、四号請求訴訟と一号ないし三号請求訴訟との間には、被告とされる者の範囲及び被告とされる者の負担の多寡等に関し、重大な相違があるのであるから、訴額の算定に関し、両者間に差異が生じたとしても、何ら、不合理、不均衡ではなく、むしろ、差異が生じた方が合理的であるというべきである。
4 地方自治法二四二条の二第七項によれば、住民訴訟の原告のうち、弁護士報酬を地方公共団体に負担させる途がひらかれているのは、四号請求訴訟についてのみである。このように、地方自治法自体が四号請求訴訟と一号ないし三号請求訴訟とを別異に取扱つているのであるから、訴額の算定上両者間に差異が生じたとしても、直ちにこれを不合理、不均衡と解することは誤りである。
五、以上のとおり、原判決が本件について、非財産権上の訴えであり、訴額を算定不能として理由づけた四つの根拠は、いずれも適切でなく、結局、本訴は、通常の財産権上の請求であつて、一審判決のとおり、印紙が不足していることは明らかであるのに、これを適法とした原判決は、前記法令に違背しており、これが判決に影響を及ぼすことは、明白であるから破棄を免れないものと信ずる。
(注1) 裁判所書記官研修所編「民事訴訟における訴訟費用等の研究」二六四頁
(注2) 小山昇「民事訴訟法(二訂版)」四五頁、一三九頁
(注3) 裁判所書記官研修所実務研究報告書「民事訴訟用印紙の研究」一〇頁、七八頁
(注4) 行政法講座三巻一八四頁広岡隆「機関訴訟・民衆訴訟」
(注5) 実務民事訴訟法講座九巻四四頁大和勇美「住民訴訟の諸問題」
(注6) 裁判所書記官研修所編「民事訴訟における訴訟費用等の研究」一八五頁
(注7) 自治研究二九巻八号三七頁成田頼明「いわゆる納税者訴訟について(三)」
(注8) 法曹会「民事訴訟用印紙の研究」七八頁
(注9) 地方自治五〇年六月号五四頁宮先一勝「住民訴訟制度の理論と実際」(下)
(注10) 最高裁行政局「続行政事件訴訟十年史」統計表一二四頁
〔参加代理人水野祐一の上告理由は、上告代理人佐治良三の上告理由と同文〕
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