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最高裁(第一小法廷)昭和56年07月16日判決
〔国賠法2条−釜石市小学校プール幼女転落溺死事件〕
昭和55年(オ)第1111号・損害賠償請求事件
上告棄却(反対意見あり)
第一審・盛岡地裁昭和53年12月21日判決(昭和51年(ワ)第297号)
控訴審・仙台高裁昭和55年09月09日判決(昭和54年(ネ)第3号)
上告人 釜石市 右代表者市長 浜川才治郎 右訴訟代理人弁護士 永井一三 堀家嘉郎
被上告人 Kほか1名
判例タイムズ452号93頁
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人永井一三、同堀家嘉郎の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らしてこれを是認することができ、右事実関係のもとにおいて、小学校敷地内にある本件プールとその南側に隣接して存在する児童公園との間はプールの周囲に設置されている金網フェンスで隔てられているにすぎないが、右フェンスは幼児でも容易に乗り越えることができるような構造であり、他方、児童公園で遊ぶ幼児にとって本件プールは一個の誘惑的存在であることは容易に看取しうるところであって、当時三歳七か月の幼児であった亡黒沼幸江がこれを乗り越えて本件プール内に立ち入ったことがその設置管理者である上告人の予測を超えた行動であったとすることはできず、結局、本件プールには営造物として通常有すべき安全性に欠けるものがあったとして上告人の国家賠償法二条に基づく損害賠償責任を認めた原審の判断は、正当として肯認することができる。原審の右認定判断の過程に所論の違法はなく、所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
同二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官藤崎万里の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見をもって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本山亨 裁判官 団藤重光 藤崎万里 中村治朗 谷口正孝)
裁判官藤崎万里の反対意見は、次のとおりである。
私は、論旨第一点につき、多数意見と見解を異にし、原判決を破棄して本件を原審に差し戻すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
公の営造物の設置又は管理について危険防止のためどのような設備を必要とするかは、当該営造物の構造、用途、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を考慮したうえ、通常予想される危険の発生を防止するに足りると認められる程度のものを必要とし、かつ、これをもって足りるというべきであって、およそ想像しうるあらゆる危険の発生に備えてこれを防止しうる設備を要するものとすることは相当でないといわなければならない。
本件プールは、児童公園に隣接する小学校敷地内に設けられた学校用プールというのであるから、右の観点に立って考えると、同プールにおいて通常予想される転落事故等の危険を防止するためには、小学校児童のみならず、児童公園に遊ぶ幼児に対しても、たやすく同プールに近づくことがないよう、その周囲に立入防止の障壁等を設置する必要があると考えられるところ、その設備は、プールの危険性について十分の思慮分別を有しない幼児にとって、一応独力では乗り越え難い障壁と認められる程度のものであることを必要とし、かつ、その程度のものをもって足りるというべきであり、それ以上の設備を要求することはプールの設置管理者に対して酷というべきである。
原審が確定した事実関係によると、本件プールの周囲に設置された塀は、一辺の長さ約五センチメートルの菱形状をした網目の金網フェンスであり、上部にいわゆる忍び返しの設備はなかったものの、フェンス上部には有刺鉄線が張られていて(もっとも、部分的には破損箇所はあった)、右金網フェンス自体は、地上一・六六メートルないし一・八七メートルの高さを備えていたというのであるから、右の要件をみたすものとみる余地は十分にあると考える。原審は、亡幸江が右金網フェンスを乗り越えて本件プール内に立ち入ったことが本件プールの設備管理者にとって予測を超えた行動であったとすることはできないとしているが、本件プールと児童公園とは右の高さを備えた金網フェンスをもって隔てられており、亡幸江の両親である被上告人らが同女を右児童公園内で一人で遊ばせていたのは、同女が右金網フェンスを乗り越えるようなことは予想もしなかったからこそであると思われる。してみると、原審の右認定判断は直ちには肯認し難いというべきであり、原判決は右結論に至る判断基準ないし理由につき首肯するに足りる説示を欠くものといわざるをえない。
以上の次第で、前記金網フェンスは、思慮分別を欠く幼児にとって一応独力では乗り越え難い障壁としての役割を果していたものとみる余地があるにもかかわらず、原審が右の点について考慮することなく、本件プールは公の営造物として本来有すべき安全性を欠いたものとして上告人の損害賠償責任を肯定したことには、国家賠償法二条の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があるものとして原判決を破棄し、叙上の点についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものと考える。
上告代理人永井一三、同堀家嘉郎の上告理由
第一点 原判決は、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな国家賠償法二条の解釈適用の誤りおよび判例違背の違法がある。
一、国家賠償法二条一項に規定する公の営造物の設置管理の「瑕疵」の解釈につき、判例、通説は、当該営造物の性質、目的、用途に応じて通常要求される安全性を欠くことをいうものであるとしている。原判決もまた「国家賠償法二条一項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう」という、判例、通説に従った解釈を示しながら、本件事案につきその適用を誤っているのである。
二、本件プールは、市立中妻小学校の児童の水泳用として設置されたものである。その設置の目的、利用状況および原判決認定の場所的環境からみて、水泳以外に通常予測されうる唯一の危険は、児童、幼児らが誤ってプールに近寄り、プールサイドからプール内に転落する事故を生ずることであるから、設置管理者たる上告人としては、右危険を除去するため、プール附近への立入りを防止するに足りる程度の設備をなすべきであり、またこれをもって足りるのである。
原判決の認定によれば、本件プールは、「南側は鉄製枠、東側および北側は木製枠による金網フェンス、西側はポンプ室、倉庫および便所とフェンスおよびナマコトタンの塀で画され、プールの出入りは北側フェンスの一部に設けられた両開きの扉の部分から行うようになっている。但し、本件事故の発生した昭和五〇年八月三一日当時は、右図面に表示されたポンプ室の建物は存在せず、右の部分にはナマコトタンの塀が設けられていた」というのであり、南側フェンス、東側および北側のフェンス並びにナマコトタンの塀の各構造を六丁目表一〇行から同丁裏五行目にかけて認定している。
原判決認定の本件プール周辺の建物、フェンスおよびナマコトタン塀は、幼児が誤ってプールに近寄り、転落する危険を防止するに十分である。
この点において、原判決は国家賠償法二条一項の解釈適用を誤っていることは明白である。
三、しかるに、原判決は、「本件プールのフェンスの高さは一・六六メートルないし一・八メートルで、忍び返し等は設けられておらず、北側フェンスの上には一条の有刺鉄線が張られていたが、その一部は破損していたのであり、フェンスの金網は一辺の長さ約五センチメートルの菱型をなしていた」という認定事実に基づいて、本件フェンスは「幼児でも容易に乗り越えられる構造であった」と判断、評価した上、「亡幸江は右フェンスを乗り越えプースサイドに立ち入り、本件事故に立ち至ったものと推認されるが、幼児である幸江が右フェンスを乗り越えて本件プールに立入ったことが本件プールの設置管理者である被控訴人の予測を超えた行動であったとすることはできない。したがって、本件プールは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていたといわなければならず、被控訴人はその設置管理者としての責任を免れえないものである」という結論を示している。
被上告人黒沼幸四郎は、一審本人訊問(第一回)において、事故を知ってプールサイドに行ったとき、幸江が乗り越えた(と原判決が推認する)児童公園に面した本件フェンスを乗り越えて入ったのであるが、「簡単には乗り越えられませんでした」と証言している。右に引用した原判決の「幼児でも容易に乗り越えられる構造であった」という判断は、客観的にも右証言に照らしても誤りである。
また、原判決の右推認が、条理に反し、あまりにも不合理であることは、次の「第二」において述べるとおりであるが、次項において「予測を超える行動」の解釈、判断について、原判決には明白な判例違背の違法があることを指摘する。
四、最高裁判所昭和五三年七月四日第三小法廷判決(最高裁判所判例集三二巻五号八〇九頁)は、公の営造物が具有すべき「安全性」と設置者の「予測」との関係について、
営造物の通常の用法に即しない行動の結果事故が生じた場合において、その営造物として本来具有すべき安全性に欠けるところがなく、右行動が設置管理者において通常予測することのできなかったものであるときは、右事故が営造物の設置又は管理の瑕疵によるものであるということはできない
旨判示している。
右判決の事案は、「本件道路附近が住宅地で昼間車輛の通行量が少く、附近に適当な遊び場がないため、本件道路が子どもらの遊び場所になっていた」(八一一頁五行)という道路に、高さ八〇センチメートルのコンクリート柱に上下二本の鉄パイプを通して手摺として防護柵を設置したところ(八一〇頁終りから二行)、六才の幼児が防護柵に後向きに腰かけて遊ぶうち、誤って転落負傷した事案であるが、右判決は「上告人の転落事故は、同人が当時危険性の判断能力に乏しい六才の幼児であったとしても、本件道路及び防護柵の設置管理者である被上告人(神戸市)において通常予測することのできない行動に起因するものであったということができる。したがって、右営造物につき本来それが具有すべき安全性に欠けるところがあったとはいえず、上告人のしたような通常の用法に即しない行為の結果生じた事故につき、被上告人はその設置管理者としての責任を負うべき理由はないものというべきである」(八一一頁一四行から八一二頁一行)と判示しているのである。
道路の防護柵は、通行人に対し車道に立入らないことを示すとともに誤って立入ることを防止するために設けられるものであるから、子供が腰掛けたり、くぐったりすることはその目的に照らして予測を超えた行動というべきである。プール周辺の金網も右同様な目的で設置されるものであるから、三才七月の幼児が自己の身長の倍もある金網フェンスをよじ登って、よじ降りるという行動は、上告人にとって右判決の事案における幼児の行動に比して格段に予測不能のことであることは、明白であるといわなければならない。
現に、被上告人黒沼幸四郎(父)は、一審における本人訊問(第二回)において、原告代理人の問に対して、「最初は越えて入ったとは思いませんでした」と答えており、同黒沼久美子(母)は、原告代理人の問に対し幸江の日常の行動について、「水泳びをしたことはほとんどない。海水浴には、前の年一回行ったことがあった。プールに連れて行ったことはない」旨を、また裁判長の問に対して「高いところに登ったことはない。好奇心が強いということはあまり見当らない」旨を答えているのである。しかして、原審においては、人証の取調はなされていない。
平素幸江を児童公園で遊ばせていた両親でさえ、右証言のとおり幸江が本件フェンスをよじ登ることを全く予測していなかったのであるのに、右証拠を無視して、上告人がかかる行動を予測すべきであったとする原判決の判断は、まさに失当の一語に尽きる。両親ですら、予測していなかった行動を目して、設置管理者が「通常予測することができる行動である」という判断は、「設置管理者において通常予測することができない行動」の判断につき右判決に違背し、ひいては国家賠償法二条一項の解釈適用を誤ったものであるといわなければならない。
これらの違法は、判決の結果に直接影響するものであって、この点において原判決は破棄を免れないものである。
第二点 <略>
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