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 最高裁(第一小法廷)昭和61年02月27日判決

   =行政百選UbP42〔国賠1条−パトカー追跡による第三者の損害〕


 昭和58年(オ)第767号・ 損害賠償請求事件
 破棄自判

   第一審・富山地方裁判所昭和57年04月23日判決(昭和51年(ワ)第290号)
   控訴審・名古屋高等裁判所金沢支部昭和58年04月27日判決(昭和57年(ネ)第66号)

  上告人(控訴人・附帯被控訴人、被告) 富山県 代理人 中村三次 外六名
  被上告人(被控訴人・附帯控訴人、原告) I 外三名 代理人 山本直俊 外一名

 最高裁判所民事判例集40巻01号0124頁、判例タイムズ593号34頁


 主 文
 原判決を破棄し、第一審判決中上告人の敗訴部分を取り消す。
 被上告人らの請求を棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。


 理 由
 上告代理人安倍正三、同山岸長嘯の上告理由第五点について
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
 上告代理人中村三次、同林晃司、同菊池政八、同西尾澄男、同宮岸富美雄の上告理由第一点及び上告代理人安倍正三、同山岸長嘯の上告理由第四点について
 一 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1(一) 富山警察署外勤課自動車警ら係巡査島谷忠男、同稲見成美、同奥井智貴は、昭和五〇年五月二九日午後一〇時五〇分頃、警ら用無線自動車(パトカー富山一一号。以下「本件パトカー」という。)に乗車して富山市緑町一丁目方面から同市住吉町一丁目一番方面に向い北進して機動警ら中、富山警察署住吉警察官派出所前の交差点付近にさしかかつた際、国道八号線(現国道四一号線)を高岡市方面から魚津市方面に向け走行中の近藤金光運転の普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)が速度違反車であることを現認したので、直ちに約三八〇メートルの間追尾してその時速が同所の指定最高速度時速四〇キロメートルを越える七八キロメートルであることを確認した。そこで、本件パトカーは、加害車両を停止させるため赤色灯を点灯しサイレンを吹鳴して同車の追跡を開始した。
 (二) 加害車両は、時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走し、同市荒川西部一〇〇番地付近で停車したので、本件パトカーも同車の前方約二〇メートルの地点に斜めに同車の進路を塞ぐように停止したが、その間に同車の車両番号を確認した。
 (三) 奥井、稲見両巡査が本件パトカーから下車し、事情聴取のため加害車両に歩み寄つたところ、同車は突如ユー・ターンして高岡市方面に向け時速一〇〇キロメートルで西進し逃走を開始した。右両巡査の乗車をまつて、島谷巡査は直ちに本件パトカーの赤色灯をつけサイレンを吹鳴して再び追跡を開始し、同時に富山県警察本部通信司令室を介して県内各署に加害車両の車両番号、車種、車色、逃走方向等の無線手配を行つた。そして、本件パトカーは、加害車両との車間距離約二〇メートルないし五〇メートル、時速一〇〇キロメートルで追跡を続行したが、途中ユー・ターン地点から約九五〇メートル西進した富山交通株式会社前付近で「交通機動隊が検問開始」との無線交信を傍受した。ユー・ターン地点から同市東町交差点までの国道八号線は、東西に延びる延長約二キロメートルの四車線であるところ、加害車両は、右区間は時速一〇〇キロメートルで逃走を続けたが、その間途中トラツク一台を反対車線にはみ出して追い越し、当時同区間に設置されていた田中町、双代町、館出町の各交差点の信号機のうち、少なくとも一か所は赤信号を無視して走行した。
 (四) 加害車両は、東町交差点にさしかかるや、同所の左折車線及び直進車線には先行車が信号待ちのため停車していたのに、減速しつつ右折車線から大回りで、赤信号を無視して左折逃走し、本件パトカーも同様の方法で左折し追跡を継続した。左折後本件事故現場に至る道路は、東町交差点からほぼ南北に延びる約一・七キロメートルの通称しののめ通りという市道であつて、雄山町交差点までは四車線、その後は二車線で歩道を含む道路の幅員が約一二メートルであり、最高速度は時速四〇キロメートルに指定され、道路両側には商店や民家が立ち並び、また、交差する道路も多いという状況であつた。加害車両を運転する近藤は、東町交差点を左折後時速約九〇キロメートルに加速して逃走したが、音羽町交差点付近で自車後方視界に本件パトカーが入らなくなつたので、同車を振り切つたものと考えて一たん時速を七〇キロメートルに減速した。本件パトカーは、東町交差点の左折の辺りでは加害車両との距離が開いたが、左折後時速約八〇キロメートルに加速して追跡を続行したため、加害車両との車間距離を縮め、また、島谷巡査は、左折直後加害車両の逃走方向を無線で手配した。
 (五) ところが、近藤は、右減速後しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認め、追跡が続行されていることに気付き、再び時速約一〇〇キロメートルに加速して進行し、清水旭町交差点の黄色点滅信号、雄山町及び大泉東町一丁目の各交差点の赤色点滅信号を無視して進行したが、本件パトカーは、雄山町交差点からは道路が片道一車線になつているうえ前方の大泉東町一丁目交差点から道路が右にカーブしていて加害車両が見えなくなつたため、赤色灯は点灯したまま、サイレンの吹鳴を中止し、減速して進行した。
 2 近藤は、赤信号を無視して富山市大泉東町二丁目一八番一号地先交差点に加害車両を進入させたため、同日午後一〇時五七分頃、同交差点内において、同交差点を同市小泉町方面から同市山室方面に向つて青信号に従い進行中の吉江信明運転の普通乗用自動車に加害車両を衝突させ、そのため、右吉江運転の普通乗用自動車が折から同交差点を山室方面から小泉町方面に向い青信号に従つて進行してきた被上告人環運転、同百合及び同しのぶ同乗の普通乗用自動車に激突して、被上告人百合は顔面挫傷等の、同環は骨盤骨折等の、同しのぶは大腿骨骨折等の各傷害を負つた(以下「本件事故」という。)。
 3 以上の事実関係のもとにおいて、被上告人らは、上告人に対し、上告人の警察官の追跡が違法であつたとして、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故による損害賠償を求めたものである。
 二 原審は、(一)パトカー乗務の警察官としては、交通法規違反者の追跡に当たつては、追跡行為により被追跡車両が暴走するなどして交通事故をひき起こす具体的危険があり、かつ、これを予見できる場合には、追跡行為を中止するなどして交通事故を未然に防止すべき注意義務があるところ、(二)本件においては、加害車両の運転速度及び逃走態様、道路交通状況に照らすと、本件パトカーが追跡を続行したならば、加害車両の暴走により通過する道路付近の一般人の生命、身体等に重大な損害を生ぜしめる具体的危険が存し、また、島谷巡査らも右危険を予見できたものというべきであり、しかも、追跡を続行しなくても交通検問その他の捜査によりこれを検挙することも十分可能であつたから、島谷巡査らとしては、追跡を中止するなどの措置をとつて第三者の損害の発生を防止すべき注意義務があつたのに、これを怠り、高速度かつ至近距離で追跡を続行するという過失を犯したものであり、(三)右追跡行為は、第三者の生命、身体に対し危害を加える可能性が高く、他の取締方法が考えられるから、被上告人らに負わせた傷害の重大性に鑑み、被上告人らに対する関係では違法性を阻却されないと判断して、被上告人らの各請求の一部を認容した。
 三 しかしながら、およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断してなんらかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、また、現行犯人を現認した場合には速やかにその検挙又は逮捕に当たる職責を負うものであつて(警察法二条、六五条、警察官職務執行法二条一項)、右職責を遂行する目的のために被疑者を追跡することはもとよりなしうるところであるから、警察官がかかる目的のために交通法規等に違反して車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被つた場合において、右追跡行為が違法であるというためには、右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、又は逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである。
 以上の見地に立つて本件をみると、原審の確定した前記事実によれば、(一)近藤は、速度違反行為を犯したのみならず、警察官の指示により一たん停止しながら、突如として高速度で逃走を企てたものであつて、いわゆる挙動不審者として速度違反行為のほかに他のなんらかの犯罪に関係があるものと判断しうる状況にあつたのであるから、本件パトカーに乗務する警察官は、近藤を現行犯人として検挙ないし逮捕するほか挙動不審者に対する職務質問をする必要もあつたということができるところ、右警察官は逃走車両の車両番号は確認したうえ、県内各署に加害車両の車両番号、特徴、逃走方向等の無線手配を行い、追跡途中で「交通機動隊が検問開始」との無線交信を傍受したが、同車両の運転者の氏名等は確認できておらず、無線手配や検問があつても、逃走する車両に対しては究極的には追跡が必要になることを否定することができないから、当時本件パトカーが加害車両を追跡する必要があつたものというべきであり、(二)また、本件パトカーが加害車両を追跡していた道路は、その両側に商店や民家が立ち並んでいるうえ、交差する道路も多いものの、その他に格別危険な道路交通状況はなく、東山交差点から雄山町交差点までは四車線、その後は二車線で歩道を含めた道路の幅員が約一二メートル程度の市道であり、事故発生の時刻が午後一一時頃であつたというのであるから、逃走車両の運転の前示の態様等に照らしても、本件パトカーの乗務員において当時追跡による第三者の被害発生の蓋然性のある具体的な危険性を予測しえたものということはできず、(三)更に、本件パトカーの前記追跡方法自体にも特に危険を伴うものはなかつたということができるから、右追跡行為が違法であるとすることはできないものというべきである。してみると、かかる状況のもとにおける本件パトカーの乗務員の追跡行為に伴う具体的危険性及び右追跡行為の必要性の有無についての判断を誤り、右追跡は違法であつたとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあり、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。そして、右に説示したところによれば、前記確定事実のもとにおいては、被上告人らの請求は理由がないことに帰するから、原判決を破棄し、被上告人らの各請求の一部を認容した第一審判決中右請求認容にかかる上告人の敗訴部分を取り消したうえ、被上告人の請求を棄却すべきである。
 よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田礼次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)


 上告代理人中村三次、同林晃司、同菊池政八、同西尾澄男、同宮岸富美雄の上告理由
 目次
 第一点 国家賠償法第一条一項規定の違法性認定に関する原判決の解釈適用の誤り等
  一、原判決の違法性に関する判示の要旨
  二、国家賠償法第一条一項規定の「違法」の意義
  三、パトカーの職責
  四、本件パトカーの追跡内容
  五、違法性に関する解釈適用の誤りとその認定に関する理由不備又は理由齟齬
  六、結語
 第二点 国家賠償法第一条一項に規定する過失認定に関する解釈適用の誤り等
  一、原判決の過失に関する判示の要旨
  二、国家賠償法第一条一項規定の「過失」の意義
  三、追跡行為の開始、継続、中止の流動的特性
  四、過失認定に関する解釈適用の誤りと理由不備の違法等
  五、結語
 第三点 国家賠償法第一条一項規定の因果関係に関する解釈適用の誤り等
  一、原判決の因果関係判断の要旨
  二、国家賠償法上必要とする因果関係
  三、因果関係認定の前提となつた事実認定に関する判断遺脱、採証法則違背
  四、本件事故は近藤車固有の過失により発生したものであり、追跡と事故との間には相当因果関係はない
  五、近藤固有の過失による事故惹起
 結論
 上告人は上告の理由を次のとおり明らかにする。
 原判決が引用する第一審判決(以下原判決という)には、理由不備又は理由齟齬及び判決に影響を及ぼすことが明らかなる審理不尽、経験則違背、採証法則違背並びに国家賠償法第一条一項の解釈適用の誤りがあるので破棄を免れない。
 第一点 国家賠償法第一条一項規定の違法性認定に関する原判決の解釈適用の誤り等
 一、原判決の違法性に関する判示の要旨
 原判決は「本件パトカーの追跡行為は、近藤車の道路交通法違反の行為を規制し、同人を検挙するという関係においては正当な職務行為と認められるが、そのような場合にも、第三者の法益を侵害することを極力避けなければならないことは当然であり、他に手段方法がなく、第三者の法益の侵害が不可避であつて、かつ、当該追跡によつて達成しようとする社会的利益が侵害される第三者の法益を凌駕する場合にのみ、第三者の法益侵害につき違法性を阻却することがありうるにすぎないものと解すべきである。
 これを本件についてみると、追跡によつて達成しようとする社会的利益が軽視しえないものであることはいうまでもないが、前記説示のとおり、そのために島谷巡査らがとつた方法は、第三者の生命、身体に対し重篤な危害を加える可能性が極めて高い態様のものであり、しかも、他の取締りの方法が十分考えられるのであるから、原告らに負わせた前記傷害の部位、程度の重大性に鑑がみれば、本件パトカーの追跡の継続が原告らとの関係において違法性を阻却されるものとは到底いえない。」と判示し、本件パトカーの追跡行為は、近藤車の追跡行為としては適法、すなわち、何ら職務上の義務違反がないとしながらも、一方で近藤車が東町交差点を左折後も本件パトカーが雄山町交差点の付近まで追跡したことにつき、事故発生の危険性や他の取締り方法の存在及び被上告人らに与えた傷害の重大性等を根拠に、第三者、すなわち、被上告人らに対する関係で違法性を阻却せずとして、本件追跡行為の違法性を認定したが、右認定には、次に詳述するごとく理由不備又は理由齟齬の違法があるだけでなく、国家賠償法第一条一項の違法性に関する解釈適用の誤りがある。
 二、国家賠償法第一条一項規定の「違法」の意義
 国家賠償法第一条一項に規定する「違法」とは、行為の客観的帰責要件であり、国家賠償法上の責任は代位責任であるから、当該公務員の職務義務違反となる行為を意味するものである。
 しかして具体的事例としてどのような場合に当該公務員の行為が職務義務違反となるのかは一概に論じ得ないが、本件に引用し得るものとしては、逮捕・勾留・公訴の提起及びその維持、追行などの違法性の判断基準として、警察官又は検察官の判断が証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても、なおかつ行き過ぎであり、経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができない程度に達している場合に違法性を帯びるもので、無罪判決が確定したとしても直ちに違法性を帯びるものではないと判示した事例(札幌高等裁判所昭和四八年八月一〇日判決、判例時報七一四号一七頁、最高裁判所第二小法廷昭和五三年一〇月二〇日判決、判例時報九〇六号三頁参照)等が一応の目途となり、これを本件に則して述べれば、例えば外国映画にあるようなパトカーの追跡自体まことに無謀というほかない極端な事例は別として、本件のごとき通常のパトカーの追跡は、次に述べるパトカーの職責、本件追跡行為の内容等に照らし事故被害者となつた被上告人ら第三者に対する関係でも違法性を阻却するものというべきである(遠藤博也著国家補償法上巻二四三頁青林書院新社刊参照)。
 三、パトカーの職責
 1 パトカー制度等
 パトカー制度は、昭和二五年六月一日警察庁に発足し、昭和五七年末現在、警ら用パトカーは全国に約二、六〇〇台配置されている。
そして事件等が発生した場合、パトカー乗務警察官の現場到着が早ければ早いほど(いわゆるリスポンスタイム)事件等の早期解決が図られ、三分未満に現場到着した場合には、三五・八パーセントの検挙率を示すが、五分を超えるとそれが一九・二パーセントに下降するといわれており(昭和五八年版警察白書)国民は、不法な状態が発生した場合、迅速なる機動力をもつパトカーが昼夜を問わず現場へ急行し、速やかにその違法状態の除去を要請、期待しているのであり、また、このようにパトカーの存在があればこそ国民は安心して生活できるのである。
 したがつて、この要請の範囲内に基づくパトカーの追跡行為で生ずる危険は、明白で切迫していない限り社会一般がやむを得ないものとして認容しているものといわなければならない。
 2 パトカーに認められた「許された危険」
本件パトカーは、道路交通法上(以下「法」と略称する)の緊急自動車であるうえ、法第四一条三項に該当する交通取締自動車でもあるので(交通取締用自動車は、一般緊急車よりさらに特例が与えられている)一般車両と異なり、その通行方法につき、法上、別添1緊急自動車特例一覧表記載のとおり多くの特例が与えられている。
なお、別添一覧表の特例は、緊急自動車が緊急用務で走行する場合に認められているものであるが、本件のごときパトカーは、右特例のほか緊急用務でない通常の交通取締り活動のときについても法上次の特例が認められているのである。
 イ、キープレフト原則除外の特例(法第四一条第三項)
キープレフトの原則にしたがわず道路の中央寄りをパトロールすることができる。
 ロ、車両通行帯にしたがわない通行の特例(法第四一条三項)
車両通行帯がある道路において最も中央寄りの車線でもパトロールすることができる。
 ハ、バス専用レーン等通行の特例(法第四一条三項)
バス専用、貨物自動車専用、自転車専用など特定の車両の専用レーンを通行することができる。
 ニ、路線バス等優先レーン通行の特例(法第四一条三項)
路線バス等優先レーンの規定の制約をうけずに路線バス等優先レーンを通行することができる。
 ホ、横断、転回、禁止標識等にしたがわない特例(法第四一条三項)
横断禁止場所で横断したり、転回禁止場所で転回することができる。
 したがつて、本件のごときパトカーは、高速度で走行し、あるいは信号を無視して暴走車両を追跡することが許されるのはもちろんのこと、パトカー乗務員の責務からその追跡は、職務上の義務なのである。
そもそも法上の一般車両の通行方法に関する規定は、過去の経験に基づく事故回避方法についての経験則や科学的研究を基礎とした事故回避の最小限度の基本的ルールであるが、本件のごときパトカーは、法制上必要に応じて基本的ルールに基づく通行方法によらないで通行することが是認され、しかも一般車両は、これを避譲しなければならない旨を罰則をもつて規制している。(法第四〇条、同第一二〇条一項二号)。このことは、パトカーの公益的な緊急用務という社会的使命の必要上、パトカーの進行により交通秩序が一時的に制約され、一般社会の平穏等が或程度犯されてもやむを得ないという政策的、公益的な考慮に基づくものであり、結局、パトカーの進行には、いわゆる「許された危険」の法理が認容されているものといわざるを得ないのである。
 もつとも「許された危険」の法理が認容されているといつても、おのずから限度のあることはいうまでもないが、その限度は、健全な国民感情を加味した社会通念に基づく明白かつ合理的な範囲内にとどめるべきであり、本件の争点は、国家賠償法という公法的色彩を帯有する法条下における違法性の問題であるので、行政行為の遂行に著しい障害となる限界を画すことは避けるべきである。
ところで、今日日本は世界一良好に治安が保たれた安全な社会であるといわれているが、これは地域に密着した警察活動によるものであることは公知の事実であり、しかも昨今のモータリゼーシヨン時代においては、迅速なる機動力を有するパトカーの活動が、その中心的役割を果たしているということも、また公知の事実である。
 3 パトカー乗務員の責務
 およそ警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締りその他公共の安全と秩序の維持に当たることをもつてその責務とするものであり(警察法第二条)警察官は異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のあるもの又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができるものであり(警察官職務執行法第二条)また、現行犯人は何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができるのである(刑事訴訟法第二一三条)から、まして警察官としては、現行犯人を目前にしながらこれを座視することはできないのである。
 本件パトカーの乗務員であつた島谷巡査ほか二名は、当時、富山警察署外勤課自動車警ら係として右パトカーに乗車し富山市内を警ら中であつたが、自動車警ら係は、無線自動車の機動力を生かした広域警ら及び重点警らにより事件、事故の防止、被疑者の逮捕、交通の指導取締り、その他警察事案の初動的措置に当り、緊急配備、一一〇番通報、その他緊急な事件、事故の発生に際しては、迅速な処理を行うほか、集中警ら、捜(検)索、検問により事案の早期解決に努める等すべての警察事案に即応する活動を行なうことを任務としている。したがつて乗務員はこの任務を達成するため、良識と英知をかたむけ、積極的に職務の執行をすることが要求されており、いたずらに怯懦に流れ、消極的態度に終始しその職務の忠実な執行を忽せにはできないのである。
そして本件のごとき追跡行為は、警察の責務を果たすための重要な職務行為で一般に追跡が行われるのは、現行犯人を逮捕する場合、速度違反その他の行為で交通秩序を紊乱する者を排除する場合、いわゆる職務質問の必要がある場合、令状により逮捕する場合、緊急逮捕する場合等であるが、いずれの場合においても一般公衆が警察に対し一刻も早くその無法状態を取り除き、公共の安全と秩序の維持を緊急に要請している場合であり、警察としては、その要請にこたえるべく速やかに相手方に近づき、停止又は逮捕する等所要の措置をとることにより、公共の安全と秩序を速やかに回復、維持する責務があるのである。
 特にパトカー乗務の警察官は、昨今の自動車時代に対応して無線自動車の機動力を生かして追跡事案が発生した場合、速やかに追跡を行い、事案の迅速な初動的措置と早期解決に努めなければならないのである。
ゆえに、相手方が逃走した場合、その職務を途中で打ち切り逃走していく姿を唯漫然と拱手して見送るというがごときは、その職務を放棄したものというべきであり、逃走する相手方がある場合、その速度に対応して追跡し、又はできる限り逃走方向を把握すべく追尾することは、一般公衆からも求められている警察活動の最も基本的な手段で、しかも追跡は逃走する相手方に接近する有効かつ必要な合理的行為であり、警察の重要な職務行為なのである。
 したがつて、本件のごとき追跡行為を厳重に規制することは、一般公衆の生命、身体、財産の保護をなおざりにするものであり、ひいては公共の安全と秩序の維持が保たれず、一般公衆の信頼と期待にこたえることができない結果となるだけでなく、そのような不作為は職務上の義務違背となり、責任が追及されることになるのである(最高裁判所第三小法廷昭和五七年一月一九日判決、判例時報一〇三一号二七頁以下、判例タイムズ四六〇巻九一頁以下参照)。
 四、本件パトカーの追跡内容
 ところで、本件パトカーは、近藤車の速度違反を現認し、これを検挙すべく停止させたが、近藤車がUターンして高速逃走したことから追跡を開始したものであるが、原判決も認定したとおり、速度違反をしただけでなく、乗務員の指示でいつたんは停止しながら突如として高速度で逃走を開始したのであるから、いわゆる挙動不審者として速度違反のほかに何らかの犯罪に関係があるものと判断することが当然の状態にあつた。
 したがつて、本件パトカーの追跡行為は、近藤を速度違反の現行犯人として検挙あるいは逮捕して、速やかに道路交通の安全を図り秩序を回復する必要性に加えて挙動不審者に対する職務質問の必要性も存していたのであるから、いずれにしても正当な職務行為というべきである。
 五、違法性に関する解釈適用の誤りとその認定に関する理由不備又は理由齟齬
 1 原判決は、本件追跡行為が訴外近藤に対する関係では適法としながらも、事故発生の危険性や他の取締り方法の存在及び被害の重大性等を理由に被上告人(第三者)との関係で違法性を阻却しないと判示した。
 2 しかしながら、違法性は民事及び刑事に共通する不法行為の一般的成立要件であり、異なる法体系下では、その差異はあるものの、その本質自体は共通しているものであり、特別の事情がない限り統一的に把握されねばならず、およそ一個の行為を一方において適法としながら、他方において違法と認定することは、特別の事情のない限り著しく法的安全性を害し、法秩序が破壊される結果となる。
かつて最高裁判所は、いわゆる東京中郵事件判決において公務員、公共企業体職員の争議行為につき、違法性相対論を展開したが、その後いわゆる東京全農林事件(最高裁判所大法廷昭和四八年四月二五日判決、刑集二七巻四号五四七頁)岩手県教組事件(最高裁判所大法廷昭和五一年五月二一日判決、刑集三〇巻五号一一七八頁)名古屋中郵事件判決(最高裁判所大法廷昭和五二年五月四日判決、刑集三一巻三号一八二頁)等の一連の大法廷判決により、当該禁止に違反する行為の違法性の有無は一元的に理解すべきとの見解を明らかにした。すなわち、最高裁判所は同一事実の評価は民事罰と刑事罰においても違法性は一元的に解釈すべきものとしているのである。
そして本件は、同一法条のもとにおいて同一事実の違法性の有無を評価する事案であるから、特別事情のない本件追跡行為の違法性の有無の評価は一元的に解釈すべきであり、警察法、警察官職務執行法あるいは刑事訴訟法上適法と認められる以上、これを第三者に対する関係で違法と認定するごときは、特別の事情もないのに被害者救済の立場を重視するあまり適法行為に基づく損失補償の問題を損害賠償問題として解決せんとするものであり、実定法を超えた政策的法解釈で、明らかに国家賠償法第一条一項に規定する違法性の解釈適用を誤つたものというべきである。
 3 ところで、原判決は、近藤車が東町交差点を左折後も追跡を続行したことは、事故発生の具体的危険が存し、被上告人(第三者)との関係では違法というのであるが、近藤車は東町交差点左折時、信号を無視したとはいえ、減速し安全に左折しており、逃走方向の「しののめ通り」は、左折前の八号線と同様片側二車線で歩道もあるほぼ同じ幅員の道路であり、むしろ交通量は八号線よりも少なく、しかも当時は、深夜で通行人や対向車、先行車はほとんどなく、東町交差点左折後のパトカーは減速しているので、近藤車との距離は一〇〇メートル以上も離れ、近藤車もパトカーを振り切つたと思い進行していたものである。
また、第三者に対する法益侵害の具体的危険が発生しておらず、被追跡車の暴走による具体的危険もみられなかつたのであるから、単なる抽象的な事故発生の危険性を根拠として本件追跡行為を被上告人との関係で違法と判示する原判決は、前述「許された危険」等の法理に照らし理由不備のそしりを免がれない。
 4 次に、原判決は、近藤車の車両番号の確認、無線手配等を根拠に本件追跡行為を被上告人との関係で違法というのであるが、車両番号を確認し、無線手配を行つたとしても、追跡をできるだけ継続しつつその逃走方向を絶えず手配しなければ有効適切な検問を実施することができないし、また、車両番号を確認したといつても運転者の人相等が確認されているわけではなく、昨今の自動車使用犯罪は盗難車によるものがほとんどであることから事後検挙の手がかりとならないことが多く、本件の場合、追跡継続以外に他の取締り方法等が当時の具体的状況下で何ら実効性がなかつたことは明らかである。
しかも無線手配のうえ、本件パトカーが追跡を中止したとしても手配をうけた他のパトカーが追跡を開始し、追跡が継続されるのである。
すなわち、無線による手配は、本件パトカーの追跡行為を他車に引き継ぐことにほかならず、事実上、近藤車に対する追跡行為が中止されることとはならないのである。
換言すれば、原判決は、本件パトカーの追跡行為中止を求める一方で他車の追跡行為を認め、結果として追跡継続を是認するものであるから、無線手配による代替措置を根拠に本件追跡行為を求めることは理由にくい違いがあり、理由不備、理由齟齬の違法があるというべきである。
 5 さらに被害の重大性については、国家賠償法は無過失責任、結果責任ではなく、当該公務員の違法、有責行為に基づく代位責任であるから、被害の大小によつて責任の有無が左右されるものでないことも明らかである。
 六、結局、本件は、原判決も明らかに是認しているごとく「追跡行為は近藤車に対する関係で必要性があり、職務上も適法な行為」なのであつて、追跡継続中は切迫した明白な具体的危険の発生がなく、社会通念上からも是認されるものというべきであつたから、結果として第三者に対する法益侵害が発生してもパトカーによる「許された危険」の範囲内であり、被上告人に対する関係でも違法性はなく、その違法性を認めた原判決には、理由不備、理由齟齬があるだけでなく、明らかに国家賠償法第一条一項の解釈適用の誤りがあり取消しを免れない。
 第二点 国家賠償法第一条一項に規定する過失認定に関する解釈適用の誤り等
 一、原判決の過失に関する判示の要旨
原判決は「緊急自動車たるパトカーでも違反車両の追跡にあたつて、これに関連する交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある」として本件の場合、近藤車の運転速度及びその態様、道路及び交通の状況、違反車両検挙のための他の手段の有無等追跡の必要性を総合的に検討して、本件パトカーの追跡には本件事故(第三者)に対する関係において、過失が存したと判示したが、原判決には次に詳述するごとく国家賠償法第一条一項の過失に関する解釈適用の誤り、かつ過失認定につき理由不備、理由齟齬又は審理不尽の違法がある。
 二、国家賠償法第一条一項規定の「過失」の意義
国家賠償法第一条一項に規定する「過失」は、行為の主観的帰責要件であるから、公務員個人の主観的認識を基準とするものであつて、完全無欠な神業的なものを要求するものではなく、この認識を誤つたというには、その過誤が明白である場合、本件に則して換言すれば、通常の警察官であれば、当時の状況下において、何人もそのような行動に出なかつたと考えられる場合に限り、国家賠償法第一条一項にいう過失でありというべきである(同旨、最高裁判所第三小法廷昭和三七年七月三日判決、民集一六巻七号一四〇八頁、最高裁判所第三小法廷昭和二八年一一月一〇日判決、民集七巻一一号一一七七頁等)。
 しかして、一般論としては、緊急自動車たるパトカーが交通違反車両を追跡するにあたつても、それに関連する事故の発生を未然に防止すべき注意義務のあることはいうまでもないところであるが、その程度については、前述パトカーの「職務の公共性」「許された危険」の法理、国民一般のパトカーに対する「要請」や「期待」と次に述べる追跡行為の流動的特性、本件追跡行為の具体的状況等を比較衡量し、健全なる国民感情に基づく社会通念に適合するより合理的に解釈すべきである。
 三、追跡行為の開始、継続、中止の流動的特性
 1 警ら用無線自動車による追跡は、その性質上特に刻々変化する千変万化の事象につき、乗務員自身が瞬時に臨機応変の処置をとらざるを得ず、その具体的基準を文章化することは不可能であり、いわゆる伝承教養として個別指導されているものであるが、本件パトカーの運転者である島谷巡査としては、警察官としてその職務を忠実に執行したものであつて、当時本件追跡が違法とはいささかも考えておらず、また、そのように判断することが当然といえる状況にあつた。
 2 すなわち、本件のごとき追跡行為は、状況が流動的であり、それにしたがつて行動することは微妙で困難なものであるが、前記島谷巡査としては、刻々変化する現場の状況を可能な限り正確に認識し、特に東町交差点を左折するに当つて、追跡速度を調節しながら進行したため、近藤車との車間距離が開き、もはやその時点(東町交差点左折直後)では、追跡捕捉は、事実上むずかしいと判断したが、できる限り逃走方向等を把握すべく追尾したものである。追跡者の心理からいつても、前方の近藤車が視野内にあるのにあえて追跡を中止すべく判断することは瞬時になしがたいことであり、追跡を中止するには、中止に必要な各種条件が加わつて、初めて中止されるのが相当と考える。
 3 したがつて、本件パトカーは、近藤車の追跡が困難な状況になりつつあることに加え、車間距離が次第に開き、しかも雄山町交差点手前にきて、追跡対象物である近藤車が視野から消えるという決定的な条件が発生したことから、追跡を中止し、速度を時速約四〇キロメートルにして、このことを無線連絡し、以後近藤車の発見を含め、各交差点の左右道路にも留意しながら一般機動警らを継続したものであるから、この点においても警察官として極めて適切な行動をとつたものであり、何ら非難されるべき過失はないといわねばならない。
 4 しかも、東町交差点左折後、雄山町交差点手前までの追跡継続については、距離にして約九〇〇メートルで、時速八〇キロメートルで走行したとすれば、わずか四〇秒前後のことであり、この程度の時間は、中止の判断を下すに必要な時間であることはいうまでもなく、原判決のいうがごとく注意義務を怠つたものでなく、警察官として当時の状況に照らし最善と思われる手段をとつたものであり、また、同人だけでなく警察官であれば誰でもがこのような手段に出てもやむを得ないとみられる状況にあつたのである。
 四、過失認定に関する解釈適用の誤りと理由不備の違法等
 1 原判決の「……近藤車は、東町交差点に至るまでの約二キロメートルの間、時速約一〇〇キロメートルの高速度で、途中赤信号を無視し、法規に違反してセンターラインをはみだして走行するなどの暴走運転を行い……」との点
 (一) 右判示は、近藤車の進行方向につき単に外形的な違反事実を認定しただけで、具体的事情を考慮せず、暴走運転、即、危険が存したもののごとくいうのであるが誤りといわざるを得ない。
すなわち、本件のごとき違反車が追跡された場合、原判決のごとき方法で逃走することは一般的態様というべきであるが、問題は右のごとき逃走方法がその区間の当時の具体的な道路事情、交通事情等に照らし具体的危険があつたか否かを判断すべきである。
 (二) ところで、Uターン地点から東町交差点までの約二キロメートルの間は、歩道、車道の区別ある片側二車線の幅員の広い道路であつて、当時深夜であつたから交通状況は非常に閑散であり、通行人は見られず、また、対向車や先行車もほとんどなかつた。現に近藤車が追越した車は約二キロメートルの間にわずか一台にしか過ぎず、また、この区間三か所に信号機があつたが、この信号機中、田中町交差点の信号機は押ボタン式の信号機であるから、横断車がボタンを押さない限り常時青を現示し、当時横断者がいなかつたのであるから、その信号は青であつた。その余の二か所の信号も国道側(近藤車の走行道路)の青信号が交差道路側より時間的に長くなつており、現に近藤車が通過当時三か所の信号はいずれも青であつたものとみられるが、原判決は、近藤が右三か所の信号のうち、いずれの信号を無視したのか特定はしていないのである。
 (三) なお、この区間の地鉄不二越線館出踏切に信号機があるが、この信号は電車専用の信号であり、電車通過以外は常時青を現示しているものであるが、当時電車が通過していなかつたのでこの信号も青であつた。また、センターラインをはみだして走行したとの点については、当時たまたま一台の先行車があつたので、これを第一車線から第二車線に入り追い越したものであるが、これは対向車が全くない状況の中で、右側車輪がセンターラインをまたいだ程度でなされているものであり、その他の車両や歩行者に対しても具体的な危険顕出の状態はなかつた。
 したがつて、本件パトカーの運転者である島谷巡査が、この区間の近藤車の走行方法につき具体的危険ありと認識しなかつたとしても当然であり、何ら非難されるべき理由はない。(四) また、仮に近藤車が原判決認定のとおり走行した事実があつたとしても、そのような走行方法は逃走車が逃走するに際し一般にみられる態様であり、近藤自身も、当時の具体的道路事情及び交通事情よりして具体的危険発生のおそれがなかつたので、そのような走行方法に及んだのであるから、具体的危険性を認定することなく暴走運転、即、具体的危険が存するかのように認定する原判決には理由不備があり、誤りであることが明らかである。
 2 原判決の「近藤車が東町交差点左折後もそのまま追跡を継続することは、具体的危険があり、そのことは、島谷巡査らにおいても予測し得たものというべきである」との点
 (一) 近藤車が信号を無視して東町交差点を左折したとはいえ、同交差点にさしかかつた際、減速し安全に左折しており、逃走方向の「しののめ通り」は、左折前の八号線と同じく片側二車線で歩道もあるほぼ同じ幅員の道路であり、むしろ交通量は八号線よりも少なかつたのである。
 (二) しかも、本件「しののめ通り」は、少なくとも東町交差点から清水町交差点までの区間にある交差道路との関係において、道路交通法第三六条三項に規定するとおり、明らかに交差道路よりも幅員が広いのであるから(いわゆる優先道路)、交差道路側の車両等が徐行しなければならない義務を負つており、この意味からも具体的危険性がなかつたものである。すなわち、最高裁判所第三小法廷昭和四五年一二月二二日判決(判例タイムズ二六一号二六五頁参照)は、「被告人が道路交通法第六八条に違反して時速八〇キロメートルで運転していたとしても、交差する狭い道路から被告人が進行している広い道路に入ろうとする車両等が交差点入口で徐行又は一時停止して、被告人の進行を妨げることがないと信頼して交差点に入ることができる」と判示しており、これによれば、本件の場合、仮に「しののめ通り」に交差する他の道路から近藤車の進路に進出し事故となつても、近藤車に責任がないこととなるのであり、この意味において、近藤車の走行方法につき具体的危険があつたとにわかに評価出来ないことが明らかである。
 (三) そのうえ当時は、深夜であつたため、通行人や対向車、先行車はほとんどなく、しかも東町交差点左折後のパトカーは減速しているので、近藤車との距離は一〇〇メートル以上も離れ、近藤車もパトカーを振り切つたと思つて減速し、交差点でも安全に進行していたもので、現に具体的危険を発生させた事実はなかつた。
 (四) よつて、島谷巡査らにおいて、当時、近藤車の走行方法について具体的危険がなかつたと認識しても決して無理がない状況にあつたというべきであり、この点においても何らの過失がないのに、原判決が特別の事情を審理することなく具体的危険が存したと認定したことは、前掲最高裁判所の判例に反し理由不備及び審理不尽の違法を免れないものというべきである。
 3 原判決の「同巡査らは、近藤車がUターンした時点で、すでに、同車の車両番号を確認し、同車の車両番号、車種、車色、逃走方向等について無線手配を行い、右手配に対し検問が開始されたとの無線を傍受していたうえ、東町交差点左折直後には、さらに、同車の逃走方向を無線手配したのであるから、あえて追跡を継続しなくても交通検問など他の捜査方法ないしは事後の捜査によりこれを検挙することも十分可能であつたと認められる」との点
 (一) 本件の具体的状況のもとで近藤車を捕捉するためには、追跡をできるだけ継続しつつ、その逃走方向を絶えず無線手配しなければ適切な交通検問を実施することができないし(現に近藤車の東町交差点左折により国道八号線富山市公会堂付近の検問が無意味になつた。)また、交通検問を開始したとしても、検問を突破する例も数多く、現に、東町交差点付近の制服警察官の赤色懐中電灯(長さ約二五糎)での停止合図を無視した近藤車であれば、なおさら検問による検挙の可能性は極めて低かつたといわざるを得ない。
 (二) 近藤車の車両番号を確認したといつても、県外ナンバーであつたのみか、夜間であつたため、運転車である近藤金光の人相、着衣等については、全く識別できていなかつた。また、昨今においては、途中で自動車を乗り捨てて逃走したり、盗難車を利用した犯罪も多く、特に、顕著な事実ともなつているが、重大犯罪である過激派の犯罪、銀行強盗等は、ほとんど車両番号から身元の判明することを恐れ、盗難車をはじめ改造ナンバープレートを使用しているので、車両番号の確認は後日の検挙に手がかりとならない場合が多い。
さらに、事後捜査では車両内に、凶器、賍品、覚せい剤等があつた場合、証拠の湮滅がなされ、捜査(証拠の確保)に重大な影響をおよぼすことがあるのである。
 (三) なお、パトカーが逃走方向に関する検問開始の無線を傍受し、さらに東町交差点を左折直後、近藤車の逃走方向を無線手配したとしても、関係者がこれに対応して検挙体制をとるには、前述のとおりできるだけ逃走方向を確認するための追尾をしても、少なくとも数分は要するのである。
 (四) ゆえに、当時、島谷巡査において車両番号の確認や無線手配だけでは不十分と考え、東町交差点左折後も前記のとおり安全を確認しながら追跡を続行したことは、外勤警察官としての職務の遂行上当然の行動であり、ひとり島谷巡査のみならず、いずれの警察官でも追跡を続行したものと思料されるので、この点においても何ら過失がなかつたものである。
 よつて、東町交差点を左折した時点で直ちに追跡行為を中止すべきものとする原判決の判示は、明らかに誤りで理由不備の違法ありというべきである。
 五、前述のとおり、近藤車は、速度違反を犯したばかりでなく、いつたんは停止したものの、再び高速で逃走したものであるから、自動車利用の凶悪犯罪が激増している昨今、職務質問の必要性は極めて高く、また、夜間で、交通閑散とはいえ、高速で疾走する自動車については、速やかにこれを制止して交通の安全を回復する必要性も高かつたことはいうまでもない。もつとも訴外近藤については、本件に関して結果的には交通違反として処理されたものの、県外ナンバーを有する車両が職務質問に移行する寸前にUターンして突然逃走するなど、その後の近藤の一連の逃走状況は、速度違反のほかに何らかの重要な刑事犯罪を犯しているのではないかとの嫌疑をもたせるのも無理からぬ状況であつたし、現に同人は、乙第一、二号証記載のとおり窃盗、詐欺、恐喝等多数の犯歴を有していたものである。したがつて、同人が富山市内を徘徊していた目的については、同人の当時の生活状況よりして、その弁解に納得し難いものがあり(当時近藤は窃盗罪により執行猶予中であつた)その目的が奈辺にあつたかはともかくとして、今日警察官の職務質問により多数の犯罪が検挙されているばかりでなく、その予防が行われて一般公衆の生命、身体、財産が保護され、公共の安全と秩序が維持されていることは顕著な事実であり、島谷巡査の追跡継続は警察官としての職責上当然のことであり、途中で中止すること等の行為は、当然期待できなかつたものであることが明らかというべきである。
 ところで、日本は世界の中でも最も治安状態がよいといわれているが、このことは、治安の維持を担当する第一線の警察官とりわけ外勤警察官が、あらゆる角度からどのような悪をも見逃さないという意欲的な態度で、犯罪や事故の防止に取り組んでいるということによることが大であり、本件追跡行為においても島谷巡査らは、このような使命感に基づきその職務を遂行していたものであつて、ひとり本件パトカー乗務員のみならず、いずれのパトカー乗務員でも本件のごとく追跡し、原判決の説示するごとき追跡中止の行動にでることは到底期待できなかつたものであり、本件追跡行為には、過失が全くなかつたのであるから、その過失を認めた原判決は、明らかに理由不備、理由齟齬及び審理不尽があるだけでなく、国家賠償法第一条一項規定の過失に関する解釈適用を誤つたものであり、取消しを免れない。
 第三点 国家賠償法第一条一項規定の因果関係に関する解釈適用の誤り等
 一、原判決の因果関係判断の要旨
 原判決は、パトカーが「雄山町交差点の直前まで追跡を継続したが同交差点から道路が片側一車線となり、かつ、前方の大泉東町一丁目交差点から道路が右にカーブしていたことから近藤車両が見えなくなり、そのため赤色灯は点灯したままサイレンの吹鳴を中止し、減速して進行した」との事実及び「近藤車両は東町交差点左折後音羽町交差点付近で、本件パトカーの追跡を振り切つたものと考えて一旦は時速約七〇キロメートルに減速したが、しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認めて再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走したため、本件事故を惹起したものである」との事実認定のもとにパトカーの追跡と事故との因果関係を肯定しているが、次に詳述するごとく原判決が因果関係ありと認定した前提事実には誤認があり、かつ因果関係に関する解釈適用の誤り等がある。
 二、国家賠償法上必要とする因果関係
原判決が右事実関係から直ちに追跡行為と事故との間に因果関係を認めたのは、帰責事由としての法的因果関係、すなわち、相当因果関係と自然科学上の条件的因果関係とを混同したものであり、この点においても国家賠償法第一条一項の解釈適用を誤つたものというべきである。
 すなわち、国家賠償法上の因果関係の解釈も一般不法行為上の因果関係と何ら異なることはなく、相当因果関係説によるべきであり、行為と結果との間に自然的因果関係があつてもそれだけでは足りず「一般的にもその種の行為と結果との間に因果関係がなければならず」また「行為と結果との間に類型的関連性がなければならない」のである。
 三、因果関係認定の前提となつた事実認定に関する判断遺脱、採証法則違背
 1 追跡の中止事実に対する判断遺脱
 上告人は原審でパトカーが雄山町交差点の手前で追跡行為を中止していることを主張、立証し、追跡の中止は明らかというべきである。
しかるに原判決は、この点について「……雄山町交差点から……サイレンの吹鳴を中止し減速して進行した。」とのみ認定し、追跡中止事実に言及していないが、この判断を明確にせず、相当因果関係ありとすることは誤りであること明らかである。
 2 近藤証人の「後方にパトカーの赤色灯を認め、再び加速した」との供述を証拠として採用し事実認定に供したことは、明らかに採証法則に反する。
 原判決において「近藤車が後方にパトカーの赤色灯を認めた」旨を認定したのは、昭和五三年一〇月一二日岡崎医療刑務所における近藤証人の供述(証人尋問調書)を根拠とするものである。
しかしながら、同証人に対する右尋問は、近藤が「非定型精神病」による療養中になされたものであつて、しかも、赤色灯を見たとする証言の部分は、近藤の積極的な供述ではなく、原告代理人の誘導的問に対して、「……あれが見えたので……スピードを出したのです。」等(同証人尋問調書六四番、六五番)と述べているにすぎないものである。さらに、赤色灯らしきものを見たという地点が必ずしも明確でないばかりか、本件パトカーそのものを現認しておらず、交通信号の点滅灯と見誤つたもの(同調書三二一番)あるいは、いずれかの地点で特に印象に残つたパトカーの赤色灯と混同しているのではないかと思われる節もあり、また、妄想と現実を混同している事実もあるので、到底措信できない。
 すなわち、同証人の本件事故に関する供述は、右証言を含め五回(1、2司法警察員に対する供述調書、3検察官に対する供述調書、4証言書丙第三九号証)なされているのであるが、その供述相互に微妙な変化がみられるのみならず、特に証拠調期日における証言では、その混乱、著しいものがある。
 同証人は、事故直後のまだ記憶の新鮮な時のしかも「非定型精神病」の発病前の取調べの際「東町交差点を左折してパトカーの姿が見えなくなつたので早く逃げてやれと思つて逃げた」(同証人が昭和五〇年六月二六日富山市民病院で司法警察員に対し供述、丙第三三号証)旨及び「後方から追跡してくるパトカーを振り切つていたのでその姿は見えなかつた」(同証人が昭和五〇年九月二〇日検察官に対し供述、丙第三五号証)旨を供述しており、パトカーを振り切つたと思つて減速した後「パトカーの赤色灯を認めたため再びスピードをあげた」との趣旨の供述をしてはいないのである。
 一方、同証人の右岡崎医療刑務所における供述内容を検討すれば、その内容は極めて不確実で真に記憶があつて供述しているのかどうか頗る疑問の点がある。
具体的には、パトカーを振り切つたので大丈夫と思つて減速し、赤色灯をみて再びスピードをあげた地点についての原告代理人の問に対して
「東町交差点を左折したところと事故現場までの中間よりももつと先である」(同証人尋問調書七〇番)
と当初述べているが、
後になつて、同代理人の同様趣旨の問に対し
「半分くらい、やや手前くらいです」(同調書三〇三番)
と予盾することを述べているのである。
 また、このことにつき、大須賀裁判官の「……現場に近いところのように言つたと思うがどうか」(同調書三〇五番)「……どちらが正しいのか」(同調書三〇七番)との問及び原告代理人の「……はつきり思い出して真ん中から左折したほうよりなのか事故現場に近いほうなのか」(同調書三〇六番)との問に対しても答えてはいない。
しかも同証人は自ら積極的に証言する態度ではないため「私が言うから返事するのでは困る」(同調書二六七番)と大須賀裁判官から注意をうけている。
 さらに、自分の父親(実父、養父)が生存しているのに死亡したと精神の異常を疑わせる供述すらしているのである(同調書一七三番乃至一七七番)。
 このように同証人の供述には一貫性がなく、問に対して迎合的であり、精神の異常を疑わせる供述までもしていることからみれば、事故後三年を経過した後の証言であることもさることながら、重大なのは同証人の精神状態である。
同証人は、昭和五二年二月二三日精神の異常により三重刑務所から岡崎医療刑務所へ移監され、同所で「非定型精神病」と診断されて治療中のものであつたが、その症状は妄想にふけり、現実と妄想とを混同しており、客観的現実的な認知判断能力は病的に歪曲されているという状態であつた(乙第一二号証の二及び乙第一二号証の三)。
 また、同五三年三月六日当時の所見では、妄想の世界と現実の世界の混交状態から脱しているが、過去の妄想体験にときとして関心が向き、これに対して半信半疑の構えを示すこともあるという状態であり(乙第一二号証の四)、次いで、同五三年六月九日当時の症状(証人尋問は同五三年一〇月一二日であるからそれより四か月以前の状態)は、完全治癒とはいえず、単に会話が可能という程度で、妄想の積極的訴えはないが、交通事故に関する尋問中、妄想と現実を混乱して述べる可能性は否定できず、尋問が続くと元の状態にもどるおそれのある状態であつた(乙第一二号証の五)。
 身体の損傷のみを治療中のものであるなら、その者の精神状態が異常でない限り、当該証言を採用することは差しつかえないが、証人尋問より四か月以前とはいえ、近藤証人の症状が右のごとき妄想と現実を混乱して述べる可能性があり尋問が続く場合、元の状態にもどるおそれがあるとまで危惧される状態下であることを十分に承知しながら、昭和五三年一〇月一二日岡崎医療刑務所で同証人に対する尋問が行われ、かつ、同証言を原判決は採用しているのである。
 以上のように同証人には、右症状に基づく妄想と現実の混乱による供述があり得ることは否定できないにもかかわらず、原判決が右証言を一面的かつ無条件に証拠として採用していることは、証拠として採別すべからざるものを証拠として採用し、事実認定に供したもので、経験法則にのつとり合理的であるべき採証法則に違背することは明らかである。
 3 パトカーの追跡中止時における近藤車の位置及び事故発生時のパトカーの位置等についての判断遺脱
本件パトカーが、近藤車を見失つてから、追跡を中止し近藤車が交通事故を起こすまでの本件パトカーと近藤車との位置、距離関係については別添2図面のとおりである。(検証調書に基づき関係距離などを記載した)すなわち図面
 P1は、本件パトカーが近藤車Aを見失つた地点
 P2は、本件パトカーが近藤車を見失い、追跡を中止した地点
 P3は、本件パトカーが事故現場付近に白煙を見た地点
 P4は、本件パトカーが停車した地点
 ×は、事故現場
 Aは、本件パトカーP1が、近藤車を見失つた時の近藤車の位置
をそれぞれ示したもので、その間の関係距離については
 P1からP2まで約三三メートル
 P2からAまで約二八八メートル
 AからP4まで三四四メートル
 P4から×まで二八・二メートル
で、結局
 P1から×まで(見失つた地点から事故現場まで)約六九三・二メートル
となる。
 そこで、近藤車が、交通事故を起こしたその時点での本件パトカーの位置、時間関係について算出してみる。まず、時間関係については、P1からP2まで時速約八〇キロメートルで進行したものとみて所要時間は約一・五秒、P2からP4まで時速約四〇キロメートルで進行したものであるから、その所要時間は約五六・九秒となり、本件パトカーが近藤車を見失つた地点P1から事故現場付近で停止したP4までに要した時間は約五八・四秒となる。
 一方、近藤車については、Aから×までの距離は、三七二・二メートルであるから、近藤車が時速約九〇乃至一〇〇キロメートルで進行した場合には、その所要時間は約一三・四秒乃至一四・九秒となる。
したがつて、近藤車が交通事故を起こした後、本件パトカーがP4の停止地点に到着したのは、約四三・五秒乃至約四五秒後のことであり、距離的には交通事故現場から約五一一・五メートル乃至五二八・一メートル手前を進行していたこととなり、これらのことは、追跡と事故との因果関係認定の重要な要素となるべきはずのものである。
しかるに、原判決においては、雄山町交差点手前で本件パトカーと近藤車との車間距離が約三二一メートルあること、近藤車両を見失い(視界外)、追跡を中止していること、事故発生時には本件パトカーが近藤車と五〇〇メートル以上も離れていたことが明らかである事実関係につき、何ら判示していないが、判断遺脱の違法があるものといわざるを得ない。
 四、本件事故は近藤車固有の過失により発生したものであり、追跡と事故との間には相当因果関係はない。
 1 近藤車は、東町交差点を左折した後、本件パトカーを振り切つたものと思い、その後その認識の下に進行し、大泉東町二丁目交差点に差しかかつた際、前方不注視と事故回避操作の不適切により本件事故を惹起したものであるが、仮に百歩譲つて、原判示のごとく、逃走者である近藤が本件パトカーの赤色灯を認めて再び加速したとの事実を是認したとしても、これによりせいぜい条件的因果関係が認められるにすぎず、これをもつて直ちに相当因果関係まで認めるのは誤りである。
 すなわち、右赤色灯を認めてとの事実は同人が加速したことについての因果関係の問題にすぎず、本件のごとき態様の事故が発生するための原因となる相当な因果関係とはなり得ない。蓋し本件事故は、近藤の加速によつて発生したものではなく、後述五のとおり、近藤固有の注意義務懈怠により惹起されたものであるから、追跡と事故との間には相当因果関係のないことが明らかというべきである。
 2 本件パトカーは、雄山町交差点手前において近藤車を見失い、追跡を中止しているのであつて、その後どのように近藤車が走行するかは、近藤自身の意思と判断及び運転技術にゆだねられることであり、本件パトカー乗務員である島谷巡査らによつて、いささかでも管理、支配することが不可能であつたことは当然である。
 原判決認定においては、パトカーの赤色灯を認めて再び加速した以降は、近藤車の逃走を単に因果関係の進展にすぎないと判断しているかのごとくであるが、このことは、逃走車両の運転者である近藤が弓から放たれた矢のごとく単なる「物」であるなら格別、それ自体意思と判断能力を有し、自己の行為を統御すべき行為能力者であることを見逃しているものといわなければならない。
 現に、近藤車は逃走した理由について
「つかまるのがいやで逃げた」(丙第三三号証検面調書)
「捕まつて処分を受けるのが、おそろしくて逃げた」(丙第三四号証検面調書)
「スピード違反で……検挙されれば免停などの処分を受けると思つて……逃走した」(丙第三五号証検面調書)
「自分が執行猶予中であつたもので……」(近藤証人調書二八番)
と供述及び証言しており、逃走は近藤固有の意思判断によるものであることは明らかである。
 原判決は、近藤車が「パトカーに追跡されたから逃げた」と理解しているかのごとくであるが、そうではなく、逃走したから警察官が司法警察権に基づき、速やかに現行犯人を検挙及び現実の違法状態を早期に除去すべく、その職責にしたがい、法定要件を具備して節度をもつて追跡し、かつ、状況に応じ追跡を中止したものであり、パトカーとしては主導的立場ではなく、あくまで従属的立場であつたにすぎなかつたものである。
 3 また、判例「……逃走車がパトカーに追跡されていることを認識している場合は、ただちに停止する義務があり……逃走車が本件パトカーによつて追突されることを避けるためやむを得ず、信号が赤信号であるにもかかわらず交差点内に進入せざるを得なかつた等の特別の事情がない限り、本件パトカーの運行と本件事故との間に相当因果関係があるものとはいい難い」(東京地裁昭和五六年三月三一日判決、乙第一七号証、東京高裁昭和五七年一月二五日判決)にもあるとおり、本件の場合、パトカーに追跡されていることを認識していた近藤には、停止する義務があつたものであり、まして、パトカーは途中で追跡を中止し、事故発生時には近藤車の後方五〇〇メートル以上の地点を進行していたにすぎないものであるから、右判例同様、特別の事情もなく、この事実の下で追跡と事故との間に相当因果関係を認めた原判決には、明らかに国家賠償法第一条一項の解釈適用の誤りがあり違法である。
 4 原判決は、近藤車が「……本件パトカーの赤色灯を認めて再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走したために、本件事故を惹起したものであるから……」と判示し、本件パトカーの追跡と本件事故との間の因果関係を認めているが、本件パトカーは、近藤車が東町交差点を左折した旨の無線手配をしているのであるから、他のパトカーがサイレンを吹鳴し、あるいは赤色灯をつけて近藤車に接近する可能性も十分にあり、近藤車はその赤色灯をみて再び逃走することもあり得るのである。また、判示の、赤色灯を認めて加速、逃走したために本件事故を惹起したとの点については、加速、逃走が本件事故の原因となつたことのみの判断であるならば、意味があるが、島谷巡査らの法に基づき、しかも要件を具備してなされている本件追跡と本件事故との因果関係を判示するものとしては、理由不備のそしりを免れない。
 5 原判決は、本件パトカーが東町交差点を左折した時点でただちに追跡を中止する等の措置をとるべきであつた旨判示するが、島谷巡査らとしては、東町交差点左折以降の追跡続行により、近藤が右交差点から約一・七キロメートル離れた事故現場交差点に、赤信号を無視し、時速約一〇〇キロメートルの高速度で何ら減速、停止等、事故回避の操作をすることなく突入し、本件事故を起こすことまで予見することは到底不可能なことである。
 また、東町交差点左折後の「しののめ通り」では、それ以前の国道8号線よりむしろ交通量が少なく、具体的危険の顕出も全くなかつたのであり、さらに、近藤車は必ずしも「しののめ通り」を直進することは限らず、同通りの交差点を右左折する可能性も否定できなかつたのである。このような状況下で、東町交差点から追跡中止をしなければならないものとすれば、結果的には、追跡警察官が約一・七キロメートル先の状況を完全に把握していなければ追跡できないこととなる。
したがつて、右判示のごとき過失認定では、何ゆえに東町交差点以前には過失がなく同交差点左折後に過失があるのか何人もこれを理解することは不可能である。
 帰するところ、原判決は条件的因果関係をもつて法的因果関係があると判断したところに最大の誤りがあり、それゆえ、追跡中止後の事故にも因果関係があると誤つて認定したものである。これでは、近藤が追跡されていると認識し、又は、追跡されていると誤認のうえ逃走している限り、どこまでも近藤の違法な逃走行為に追跡パトカーが責任を負担しなければならず、事実上パトカーによる追跡行為は不能となり逃げ得を許すことともなるのである。
 6 原判決は、「島谷巡査らの過失と本件事故との間には因果関係がある」(原判決が引用の第一審判決四三丁表)とし、島谷巡査らの過失とは「東町交差点左折後も少なくとも雄山町交差点付近まで時速約八〇キロメートルの高速度で至近車間距離で追跡を継続」(同判決四一丁裏・四二丁表)したことと判示しているが、島谷巡査らは判示のごとき雄山町交差点付近まで至近車間距離(一般的には追突のおそれがある距離をさすと考えられる)で追跡を継続した事実はなく、雄山町交差点付近では三〇〇メートル以上も離れていたもので、このことは、原判決自体も「本件パトカーは……雄山町交差点から……近藤車両が見えなくなり……」(同判決三八丁裏)と事実認定しており、また、この時点での車間距離については検証調書で約三二一メートルであつたことが明らかにされているのである。(別添2参照)
さらに原判決は、「近藤車両は……音羽町交差点付近で自車後方視界に本件パトカーが入らなくなつたので、本件パトカーを振り切つたものと考えて……」(同判決三八丁表)と認定しているように、東町交差点から音羽町交差点までの間においても、振り切つたと思うほどに車間距離のあつたことを認めているのである。
 しかるに突然、過失認定において前示認定判示とは異なる至近車間距離なる判断をなし、しかもその過失を前提とし当該過失と本件事故との間に因果関係ありとしていることは、理由不備の違法があり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
 五、近藤固有の過失による事故惹起
本件事故は、近藤固有の注意義務の懈怠により、本件パトカーの全く管理、支配不能のところで一方的に惹起されたものである。
すなわち、近藤は丙第三三号証、丙第三四号証(いずれも検面調書)、丙第二七号証(実況見分調書)によれぱ、「事故交差点進入前の1地点(事故交差点から一四二・六メートル手前)で前方交差点を発見、2地点(事故交差点から六一・八メートル手前)で前方交差点の信号を発見し、ブレーキペダルに足をかけ、3地点(事故交差点から三六・八メートル手前)でブレーキを踏みこんだが間にあわず、本件事故が発生した」と指示説明している。また、近藤は「進路前方の交差点の信号が赤の表示であるのを見たので停止しなければならないと思つて……」、「このまま進むと危ないと思いブレーキペダルを踏むのに足をかけ……」と供述している。
 したがつて、近藤は事故交差点で停止する意思があつたのであり、少なくとも1地点(事故手前一四二・六メートル)で事故交差点発見と同時に同交差点信号機の信号をも確認し、自車を停止等しておれば、本件事故は回避されていたのである。
つまり、自動車運転免許を保有する近藤としては、交差点を通過するに際し、前方を注視し、当然、交差道路からの進入車もあり得べきことを予想して、それに対応した減速、停止等の措置を執るべきであつたのであり、かかる最低限度の注意義務を尽くさない運転は、いうなれば自殺行為に等しく、事故は本件パトカーの追尾と無関係のものである。結局、本件事故は、近藤が前方注視の義務及び適切なる運転操作を怠るという注意義務の懈怠により発生したものであつて、本件パトカーの追跡、追尾とは関係がないのである。
 結論
 要するに原判決は、上告理由第一点、違法性の項で詳論した警察使命(一般公衆の生命、身体及び財産の保護という公益目的)の重要性に全く思いをいたさず、緊急自動車の果たすべき役割を過小評価して、国家賠償法第一条一項の適用にあたり、その要件たる違法性につき特別の事情もないのに二元的に解釈し、過失、因果関係については、事実上パトカー乗務員に不能の注意義務を課し、実質的には条件的因果関係説を採用して、被害者救済を急ぐあまり採証法則に反して一面的な事実認定をなす等の重大な誤りを犯し、「パトカーの追跡によつて逃走車が第三者と事故を惹起すればすべて追跡パトカーの責任である」というのに等しい命題を判示するものであり、警察活動及び警察行政に与える影響は極めて甚大である。
 かかる事態は被害者救済を急ぐあまり、個人の尊重と公共の福祉との調和を破るものであり憲法一三条の精神を没却するものといわざるを得ないので、原判決を直ちに破棄され、相当な裁判を相成りたい。


 別添1
 緊急自動車特例一覧表
 別添2
 上告代理人安倍正三、同山岸長嘯の上告理由
 第一点 原判決(以下、その引用する第一審判決を含む)には、本件事故発生の原因たる過失行為を確定判示するにつき、前後矛盾し、理由そごの違法がある。
 原判決は、本件事故と因果関係あるものと判断した本件パトカーの運転者島谷巡査らの過失ある行為の内容を「東町交差点左折後も少くとも雄山町交差点付近まで時速約八〇キロメートルの高速度で至近車間距離で追跡を継続するという過失を犯したものというべきである。」(原判決引用の第一審判決四一丁裏一〇行目より四二丁表二行目まで)と確定し、本件パトカーを運転していた島谷巡査らとしては、東町交差点を左折した時点において、同左折後もそのまま追跡を継続したならば、近藤車両の暴走により通過する道路付近の一般人の生命、身体又は財産に重大な損害を生ぜしめる具体的危険が存し、また島谷巡査らも右のような危険を予測しえたものというべきであるから、同巡査らは、東町交差点を左折した時点で追跡を中止する等の措置をとつて第三者への損害の発生を防止すべき注意義務があつたものというべきところ、検挙を急ぐあまり右注意義務を怠り、東町交差点左折後も前示高速度で前示雄山町交差点付近まで追跡を継続するという過失を犯したと判断している(原判決引用の第一審判決四一丁表一一行目より四二丁表二行目まで)。
 すなわち、原判決は、右判示範囲以外の事前及び事後の本件パトカーの追跡等の行為については、これを右確定にかかる範囲の追跡継続行為の過失の判定等に関係ある事情として認定判示しているにすぎず、結果たる本件事故の発生と相当因果関係のある原因として過失行為自体としては、右判示範囲に限つて認定判断しているものであることがその判文上明らかである。
 ところが、原判決は他方で、「近藤は、東町交差点左折後音羽町交差点付近で一旦は本件パトカーを振り切つたものと考えて時速約七〇キロメートルに減速したが、しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認めて再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走したために、本件事故を惹起したものである」(原判決引用の第一審判決四三丁表四行目より同八行目まで)と判示し、かつ、近藤車両がそのまま時速約一〇〇キロメートルで赤信号を無視して本件事故現場の交差点に進入したことを右原因たる過失行為の直接の結果として判示している(同判決三八丁表一〇行目より同裏三行目まで)から、これらの判示によれば、本件パトカーの運転者島谷巡査らが問擬される原因行為の範囲としては、近藤車両が音羽町交差点付近より時速約七〇キロメートルで南方へ進んだところで近藤が本件パトカーの赤色灯に気付き再び時速約一〇〇キロメートルに加速して進行をはじめた時点までの本件パトカーの追跡継続行為の範囲であると判断されているものと解されなければならない。そして、近藤車両は、右加速逃走後、本件事故に至るまでの間に、少なくとも清水旭町交差点、雄山町交差点および大泉東町一丁目交差点の各信号を無視して進行した旨の判示(同判決三八丁表一一行目より同裏二行目まで)がなされているところからすれば、近藤が本件パトカーの赤色灯に気付き再び加速逃走をはじめた時点及び地点は、近藤車両が清水旭町交差点まで南進する以前であつたということになる。
 従つて、その時点における本件パトカーの位置は、原判決の判示から考えて、清水旭町交差点の北方であつて音羽町交差点寄りの地点であつたといわなければならない。そして、この地点から雄山町交差点付近までの間の本件パトカーの走行その他その間の島谷巡査らの何らかの過失行為が近藤の本件事故惹起の原因として本件事故に影響を与えたことについては全く認定判示していないのであるから、本件事故の原因として問擬すべき本件パトカーの過失ある追跡継続行為の範囲としては、「少なくとも雄山町交差点付近まで」というのは誤りであつて、「少なくとも清水旭町交差点の北方音羽町交差点寄り地点まで」と判示しなくては、前後の認定判示にそごを来たすものといわなければならない。
 この清水旭町交差点の北方音羽町交差点寄り地点(以下、これを清水旭町北方地点と略称する)から雄山町交差点までの距離は、約四〇〇メートル存することが原判決引用の第一審判決添付図による図上計測によつて明らかであるところ、雄山町交差点から本件事故の大泉東町二丁目交差点までの距離が右図上計測によつて約六〇〇メートルであることに対比して考えれば、本件パトカーと近藤車両との相互の位置関係が高速下で変化する事案において、清水旭町北方地点と判定するか雄山町交差点付近と判定するかで約四〇〇メートルの距離の誤差を生ずる認定判示の矛盾は、到底見逃しえないものであつて、因果関係の有無及びその相当性の存否を判断するについて重大な影響を及ぼすものといわなければならず、理由そごの違法を来たし、この点で原判決は破棄を免れないものである。
 なお、島谷巡査らが「雄山町交差点付近まで時速約八〇キロメートルの高速度で至近車間距離で追跡を継続した」との前示認定判示自体にも次の点で理由そごがある。すなわち、原判決は、他の部分で「近藤は、東町交差点左折後音羽町交差点付近で一旦は本件パトカーの追跡を振り切つたものと考えて時速約七〇キロメートルに減速したが、しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認めて、再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走した」と判示していることは、前記のとおりであつて、近藤が右赤色灯を認めて加速逃走をはじめた地点が清水旭町北方地点であつたといわなければならないことは、前に指摘したとおりであるから、時速約八〇キロメートルの本件パトカーが時速約一〇〇キロメートルで逃走する近藤車両を約四〇〇メートルの距離のある雄山町交差点付近まで至近車間距離のまま追跡を継続したということはありえないことであつて、この判示には明らかに理由そごがあるものといわなければならない。そしてこの理由そごの判決が後に指摘する因果関係の存否の判断における審理不尽、理由不備に影響したものと考えられ、見逃せない原判決の瑕疵といわなければならない。
 第二点 原判決には、因果関係の存否の認定において、判断遺脱、審理不尽、理由不備の゛法がある。
 上告人は、第一審以来、本件パトカーの追跡行為と本件事故との間に因果関係のないことを強く主張し、本件事故は、近藤車両が本件事故現場の交差点にさしかかつた際、近藤が同交差点の赤信号に気付いたにもかかわらず、自らの自由意思による高速運転継続により同交差点における適切な運転操作を怠つたため惹起したものであるとして、因果関係の中断がある旨の主張立証を行つて来たところである。従つて、本件事故が本件パトカーの追跡行為とは無関係な近藤自身の固有の過失行為に因るものであるか否かは、本件における重要な争点であるにもかかわらず、原判決は、この点につき第一審判決の「近藤は、東町交差点左折後音羽町交差点付近で自車後方視界に本件パトカーが入らなくなつたので、本件パトカーの追跡を振り切つたものと考えて一旦時速約七〇キロメートルに減速したが、しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認めて再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走したため本件事故を惹起したものであるから、島谷巡査らの右過失と本件事故との間には因果関係があるというべきである。」(同判決三八丁表一行目以下、四三丁表四行目より同一〇行目まで)旨の判示を引用するのみで、上告人の右重要な主張立証について何らの判断も示していない。
右原判示によれば、近藤が右のように一旦減速してしばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認めて加速逃走したために本件事故を惹起したというのであるから、近藤自身の認識判断に因る加速逃走が本件事故発生の原因となつたことの判断としては意味があるであろうが、この判示をもつて島谷巡査らの過失と本件事故との因果関係の存在を説示するものとしては理由不備というほかはない。
追跡車両が逃走車両に追突したため逃走車両がその直前の第三車両に玉突き的衝突を起こした場合とか、逃走車両との車間距離を至近に保ちながら高速で追跡を続行中に逃走車両が第三車両に追突した場合のごときは、追跡行為と第三車両への衝突との間に因果関係の中断が入り込む余地はなく、経験則上通常のこととして特に説明を要せずに因果関係を認めることができるであろうが、本件のごとく、原因たる追跡行為があつたとする地点と逃走車両が第三車両との衝突を起こし、更にその第三車両が第四車両に衝突を起こすという結果を生じた地点との距たりが後述のように約一、〇〇〇メートルもある場合で、しかも、本件事故発生前の時点で本件パトカーの追跡行為が中止され一般機動警らに切りかえられていたという事実関係のもとで、他方、原判示(原判決引用の第一審判決三四丁表二行目より同裏七行目まで)のごとく、近藤は本件パトカーが現認追跡をはじめる以前にも、パトカーの追跡とは無関係に同地域の街路上で速度違反の高速運転を独自に敢行していた者であることにも照らせば、本件パトカーの追跡行為とは無関係に、近藤自身の固有の過失行為に因つて本件事故が惹起された可能性は十分に考えられるから、上告人が因果関係を否定する前記争点について審理判断を行わなかつた原審には、審理不尽、理由不備の違法があること明白である。
 近藤が再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走をはじめた地点である清水旭町北方地点から本件事故発生の大泉東町二丁目交差点までの距離がどれだけあるかは、因果関係及び結果の予見可能性の存否を判断する上で不可欠の認定事項であるところ、原審はこの距離の確定判示を行つていないのであるから、この点でも理由不備を指摘できるが、原判決引用の第一審判決添付図による図上計測を行つてみると、この距離は約一、〇〇〇メートルはあるから、その間を時速約一〇〇キロメートルで走行する近藤車両を時速約八〇キロメートルを持続して追跡したとしても、毎秒五・五メートルの差を加えて、近藤車両が事故交差点に到達する時点には、本件パトカーとの距離は約二〇〇メートルに開いて来る計算になるところ、清水旭町北方地点付近において両車両の車間距離は、一旦見えなくなつた赤色灯が視界に入つたという程度に離れていたというのであるから、その時点で既に約一〇〇メートルはあつたものと考えられるし、本件パトカーが雄山町交差点にさしかかる以前に減速していたという原判示の事実を考え合わせると、近藤車両が本件事故交差点に進入する直前ころには、本件パトカーとの距離は少くとも四〇〇メートル以上(上告人は第一審以来この距離を約五〇〇メートルと主張している)に開いていたものということが原判示の諸事実から推測できる。このことは、原判決摘示の島谷忠男証人が、雄山町交差点近くまで来た時には近藤車両と三〇〇メートル近くの距離があいていた旨証言しているところとも吻合する。
 しかも、原審は、雄山町交差点から道路が片側一車線となり、かつ、前方の大泉東町一丁目交差点から道路が右にカーブしているので近藤車両が本件パトカーから見えなくなり、そのためサイレンの吹鳴を中止した事実を認定判示(原判決引用の第一審判決三八丁裏六行目より八行目まで)しているのであるから、この時点以後、近藤からも本件パトカーの姿は見えなくなつていたことが同判示から明瞭であるといわなければならない。しかして、大泉東町一丁目交差点からの道路のカーブは、前示添付図によつて判るとおり、ゆるやかなカーブであるから、右四〇〇メートル以上の距離が開いたという事実を前提にしてはじめて、雄山町交差点から見通して近藤車両が見えなくなつたという原審認定も肯認できることになる。
 以上のような距離の開きを生じ、パトカーの姿も見えなくなり、サイレンの吹鳴も聞こえなくなつた状況のもとで時速約一〇〇キロメートルによる逃走を持続しなければならない必然性はさらさら無く、このような状況のもとで大泉東町二丁目の赤信号の交差点にさしかかつた近藤としては、責任能力を具備した自動車運転者として自由意思による事故回避の動作を十分に行いえたものということができるし、これを期待することに何ら不合理はないものといわなければならない。現に、原審が証拠として摘記している成立に争いのない丙第三三号証、丙第三四号証及び丙第二七号証によれば、近藤は事故交差点から一四二・六メートル手前で同交差点を発見し、右六一・八メートル手前で同交差点の信号が赤の表示であるのを見たので停止しなければならないと思つて、このまま進むと危いと思いブレーキペダルを踏むのに足をかけたこと、そして、右交差点三六・八メートル手前でブレーキを踏みこんだが間にあわず本件事故が発生したことを指示説明し、供述していることが認められるのであつて、本件パトカーの追跡に因り、近藤が事故回避の余地のない状況のもとで事故交差点にそのまま突入せざるをえなかつた事実関係とはおよそ異る事実の真相を認定すべき証拠が存し、前述のように原判示の諸事実からもこの真相を推認できるのであるから、特にこの状況下での因果関係中断の存否について十分な審理を尽し判断を示すべきであるのに、この事実関係を立証すべく上告人が控訴審において申出た検証その他の証拠調をすべて採用することなく、卒然と因果関係ありと判示した第一審判決の判文を引用した原審は審理不尽の違法を犯すものであり、原判決はこの点に理由不備の違法がある。第三点 原判決には、具体的結果発生の危険に対する予見可能性の存否についての判断の誤り、理由不備の違法がある。
 過失と結果との間に相当因果関係があるとするためには、当該具体的な結果発生の危険の存在に対する予見可能性が過失行為の際に存することを必要とするが、前記論点で指摘するとおり、本件パトカーの運転者島谷巡査らの過失ある行為を清水旭町北方地点までの追跡行為に限定して、これが近藤の加速逃走に原因を与えたものとする前提に立つて考察するとすれば、右清水旭町北方地点より距たること約一、〇〇〇メートルで、しかも原判示のようにその間道路の彎曲があつて、右地点からは見通すことのできない本件事故現場の交差点まで、近藤が逃走のため加速した時速約一〇〇キロメートルという高速のまま約一、〇〇〇メートルを暴走しつづけ同交差点の停止信号を無視してそのまま同交差点に突入し、信号に従つて横断する自動車との衝突事故を起こすことを島谷巡査らにおいて予見可能であつたとして相当因果関係を認めるためには、納得のできるそれ相当の理由の説示を必要とするものといわなければならない。
 交通量の相当にある交差点に逃走車両を至近車間距離のまま追い込んだというような事実関係ならばいざ知らず、富山市内の市街地の交差点とはいいながら、夜間午後一一時ころの交通量の少なくなつている時間帯であること、予見すべき時点を原判示のごとく東町交差点を左折した時点とすれば、その地点から結果たる本件事故発生地点まで約一、七〇〇メートル(前示添付図上の判示による)離れているし、過失行為の終期というべき時点の清水旭町北方地点からでも本件事故発生地点までは前記のとおり約一、〇〇〇メートルは離れていて、かつ、見通しがきかないこと、近藤車両は、東町交差点を左折する以前において国道八号線の車道上を本件パトカーに追跡されて時速約一〇〇キロメートルの高速度で逃走進行する間に、先行するトラツクを反対車線にはみ出しつつ追い越し、更に東町交差点を左折逃走する際にも、左折車線及び直進車線に先行車が信号待ちのため停車していたところを減速しつつ右折車線から大廻りで赤信号を無視して左折するという、いわば離れわざをやつてのけながらも、右交差点を左折後、本件パトカーを振り切つたものと考えて一旦時速約七〇キロメートルに減速するなど臨機の即応を行つて走行していたものであることなど原判示の諸事情のもとで考えれば、東町交差点左折後近藤が再び時速約一〇キロメートルに加速して逃走しはじめた時点における島谷巡査らの意識として、近藤のその時点での動静がそのまま本件事故発生の結果を招く具体的危険性をもつとの予見が可能であつたとは到底いいえないものであつて、島谷巡査らにとつて、正に予想外の結果が近藤の独自の過失行為によつて招かれたものというべきである。
 右のごとき事実関係のもとで、パトカーを運転する警察官に具体的危険の予見を強いることが肯認されるならば、本件パトカーが近藤車両の暴走を初認した時点における追跡行為の段階で既に、具体的危険の予見可能の状態にあつたものといわなければならず、市街地の道路上での高速暴走車両のパトカーによる追跡は常に過失の状態(結果が発生すれば直ちに既遂となる状態)で行われることになり、これを避けるためには、市街地の道路上での高速暴走車両に対する追跡は行うべきでないということにもなりかねない。
 第四点 原判決には、過失の認定について、判断の遺脱、理由不備の違法がある。
 一 原判決は、「追跡を継続しなくても交通検問など他の捜査方法ないしは事後の捜査により近藤を検挙することも十分可能であつた」(原判決引用の第一審判決四一丁四行目から六行目まで)ことを根拠に、「東町交差点を左折した時点で直ちに追跡を中止するなどの措置をとつて第三者への損害の発生を未然に防止すべき注意義務があつた」同丁七行目より九行目まで)として回避義務を認め、右義務の懈怠をもつて過失があるとしている。しかしながら速度違反者として一旦追いつかれて停止しながら再逃走するという異常な挙動があつて他に犯罪を犯して逃亡中ではないかと疑われる近藤に対して、暴走しているとはいえ深夜で交通量の少ない時間帯で、しかも、しののめ通りは、東町交差点から清水町交差点までは指定優先道路であるから、交差路地から進入する車両は徐行を義務ずけられているため、その区間においては近藤車両と第三車両とが交差道路で鉢合わせ衝突するなどの事故発生の確率は皆無に等しく、道路幅も広く、パトカーは近藤車両を見失う程に車間距離を保つて自制しながら追跡しているという本件の具体的事情下において、直ちに追跡を中止すべき注意義務を要求することは、警察官の職務執行に関する諸法規すなわち警察法、警察官職務執行法、刑事訴訟法、道路交通法等の各法規の要請に照らし、著しく判断を誤るものといわなければならない。
 二 パトカーによる警察権の行使は、機動性を活用して本件ごとき速度違反が事故に直結する危険があるため、これを取締り、自動車の高速を悪用する各種犯罪の捜査、その他警察諸活動の全般に及び、これらの活動を効率あらしめるためにある。そのため緊急自動車として道路交通法では一般車と異る運行上の優位性を認めている(追い越しのためのセンターラインのはみ出し、法令上停止すべき場所でも停止せずに走行ができることを認め(同法三九条)、一般車両に対しては、緊急自動車が接近してきたときは、交差点又はその付近においては、道路の左側に寄つて一時停止しなければならず、右以外の場所においては、道路の左側に寄つてこれに進路を譲らなければならない(同法四〇条)。すなわち、第三者の正当な通行行為に対しても避譲等の受忍を要請してその機動力を発揮せしめて所期の目的達成を期しているのである。したがつて、速度違反車その他の犯罪者に対するパトカーによる追跡行為は交通違反事犯の機動的な取締りにとどまらず、広く犯罪者の検挙を目的とするものであつて、それによつて、公共の安全と秩序を確保して、右各法規の定める要請に応える警察権限の作用であるから、本件の場合にあつても、右各法規の要請に忠実に従えば、近藤の暴走運転に対しては、これを停止させるため、強力な停止の措置と逮捕が要求されるこそすれ、第三者に対する間接危険の発生を防ぐために直ちに追跡を中止することまでも要求し、追跡の続行をもつて過失行為であるとすることは、正に法の解釈を誤つた判断というべきである。
 緊急を要する事態で処理しなければならないことを前提にして右のような各法規が用意されているのであるから、本件のような場合に、第三者に対する間接危険の発生を未然に防ぐべく注意をしながら前示の警察権限の行使をしなければならないということになれば優位制度を与えた趣旨が没却されることになる。
 三 本件のパトカーの追跡状況は、前記のように、時刻は深夜で人通りはなく通行車両も極めて少なく、交差道路があるといつても、具体的に事故発生の危険のない状態であつて、パトカーとしては、適当な車間距離を保ちながら自制して追尾しており、一方近藤は、一旦は停止しながら意外にも再逃走を企てて暴走している。近藤が一旦停止したとき逃走を思い止つていたならば本件の事故の発生もなかつた筈である。一かけらの順法精神のない者が逃げるから追つたまでである。右のような事実関係の下においては、たとえ、近藤が時速約一〇〇キロメートルの高速度で暴走運転したのに対し、これに追随して島谷巡査らが時速約八〇キロメートルの速度で追跡を継続したとしても、それは右各法規の要請に適合する適正妥当な行為と認めるのが相当である。それゆえ、右追跡行為をもつて過失行為とすることはできない。
 四 原判決は、追跡の継続によらず交通検問その他の捜査方法によることが可能であることを根拠に、追跡を中止すべき注意義務があるものとしている。
 しかしながら、検問所を設置しても、これを避けて他へ逃走するやも知れず、仮りに検問所で捕捉しようとしても、逃走する近藤としては、そこで停止するどころか、かえつてこれを突破することは、同人のそれまでの暴走態度からして明らかである。また無線手配で近藤の動静を手配してみたところで、暴走する近藤と手配を受けた他のパトカーによる追跡状態が依然として繰り返されるにすぎない。まして事後の捜査によつて検挙するなどの迂遠な方法は、近藤の逃走を容易ならしめて検挙を困難にするか、検挙不能を来たすことは必定とさえいえる。これらの代替方法があるからといつてこれに依存し、追跡を中止して近藤のような違反者のみならず重要な手配犯人を見失つて検挙不能を来すようなことがあれば、それは警察官としての職務の放棄であつて、かえつて前規各法規の要請にもとるものといわねばならぬ。
右の代替方法があることを根拠として、追跡を中止すべき注意義務があることを前提として本件過失を認めた原判決は、右の前提においてすでに判断の誤りを犯しており理由不備のそしりを免れない。
原判決の過失認定を適法としてこれを容認することは、この種の速度違反者はもとより、強窃盗、殺人、集団暴力事件、暴走族の違反行為など、すべての犯罪者の逃走に対しても、パトカーによる犯人検挙は、事実上不可能となつて国家治安の維持の上で重大な支障を来すものといわねばならぬ。
 以上治安維持上用意された各法規とそれにもとづくパトカーの果たす役割と警察活動の実体に深く洞察を加えることなく、たやすく本件過失を認めた原判決には、過失の認定において判断遺脱、理由不備の違法がある。
 第五点 原判決には採証法則の違反がある。
 原判決が「近藤が後方にパトカーの赤色灯を認めた」旨を認定しているのは、昭和五三年一〇月一二日岡崎医療刑務所における証人尋問の際に、同人がそのような供述をしているため、この証言を採用しているからであつて、この証言以外には右事実を認定すべき証拠はない。
 それまでの同人の供述では「東町交差点を左折してパトカーの姿が見えなくなつたので早く逃げてやれと思つて逃げた」旨(丙三三号証、昭和五〇年六月二六日富山市民病院における同人の司法警察員に対する供述)及び「後方から追跡してくるパトカーを振り切つていたので、その姿は見えなかつた」旨(丙三五号証、同年九月二〇日同人の検事に対する供述)を供述しており、パトカーを振り切つたと思つて減速した後「パトカーの赤色灯を認めたため再びスピードを上げた」との供述をしていない。
ところで右岡崎医療刑務所における同人の供述を検討すれば、供述内容は極めて不確実であつて、真に記憶があつて供述しているのかどうか頗る疑問の点がある。
 例えば、パトカーを振り切つたので大丈夫と思つて減速したがパトカーの赤色灯をみてスピードを上げた地点について、原告代理人の問に対して「東町交差点を左折したところと、事故現場までの中間位よりもつと先である」と当初答えている(同証人尋問調書七〇丁)が、後になつて同代理人の問に対して「左折してから事故現場との半分よりやや手前ぐらいである」と反対のことを述べており(同調書三〇三丁)、これについて杉森裁判官の「手前というのは左折に近い方の意味であるか」の問に対して、はつきり答えていない(同調書三〇四丁)、大須賀裁判官の「現場に近いように云つたと思うがどうか」の問に対しても答えていない(同調書三〇五丁三〇七丁)。
また同人は自ら積極的に証言する態度でないため、大須賀裁判官から「私がいうから返事するのでは困る」と注意を受けている(同調書二六七丁)。
 また自分の実父、養父とも生存しているのに死亡したと精神の異常を疑わせる供述をしている(同調書一七三丁ないし一七七丁)。
このように供述に一貫性がなく、問に対して迎合的であり、精神の異常を疑わせる供述までもしていることは、事故後三年経過した後の証言であるというよりは、重大なのは、同人の精神状態である。
同人は昭和五二年二月二三日、三重刑務所より病気治療のために岡崎医療刑務所へ移監され、同所に在監していた当時「非定型精神病」と診断されて治療中であり、その症状は妄想にふけり、現実と妄想とを混同しており、客観的現実的な判断能力は病的に歪曲されているという状態であつた(乙第一二号証の二、同号証の三)。また、同五三年三月六日当時の所見では、妄想の世界と現実の世界の混交状態から脱しているが、過去の妄想体験にときとして関心が向き、これに対して半信半疑の構えを示すこともあるという状態であり(乙第一二号証の四)、次いで、同五三年六月九日当時の症状は、完全治癒とはいえないが会話が可能であるという程度であつて、妄想の積極的訴えはないが交通事故に関する尋問中、妄想と現実を混乱して述べる可能性は否定できない。尋問がつづくと元の状態にもどるおそれがあるという状態であつた(乙第一二号証の五)。
 身体の損傷のみを治療中の者であるなら、その者の精神状態が異常でない限り、その証言を採用することは差し支えないと思われるが、同人に対する当該証人尋問日より四ケ月以前とはいえ、その病状が右の通り、妄想と現実を混乱して述べる可能性があり、尋問が続く場合、この状態にもどるおそれがあるとまで心配される状態下にあつたことを十分に承知しながら第一審裁判所が同五三年一〇月一二日、同医療刑務所において行つた証人尋問に対し同証人が供述した証言を原判決は採用しているのである。
 以上のように、同人の証言には右病状に基づく妄想と現実との混乱による供述があり得ることは否定できないのにも拘らず、原判決が右の証言を証拠として採用したのは、証拠として採用すべからざるものを証拠として採用し、事実認定に供したもので、採証の原則に違背することは明らかである。
 しかも、上告人は控訴審において、右証言の証拠能力のないことを強く立証するため、近藤金光の在監中の精神状態を診断した岡崎医療刑務所技官馬場宗雄を証人として申請したにもかかわらず、原審は何らの判断をも示すことなくこの証拠申出を却下しており、原審はこの点にも重大な審理不尽を犯すものといわなければならない。


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